1997年6月13日、三重県立松坂工業高校3年の北山 結子さん(当時17歳)が、アルバイト帰りに「友達の家に寄っていく」と言い残して行方不明になった。やがて一人の不審な男性が逮捕されるも、彼は北山さんについて「知らない」と答えるばかりで、決定的な物証も無く処分保留で釈放となる。2021年1月現在も北山さんの行方は分かっていない。
【ポケベルを鳴らして】
1997年6月13日20時過ぎ、北山結子さんは三重県多気郡明和町にある学習塾でのアルバイトを終えた。母親が車で迎えに来ていたが、北山さんは「友達の家に寄っていく」と告げると、一人自転車を走らせた。そして学習塾から1.5キロほど離れた地点にある公衆電話で、友人宅に「今から行く」と連絡したきり行方がが分からなくなった。
1997年はポケットベル(ポケベル)が高校生の必須アイテムだった時代だ。ベル友などという言葉もあった。翌14日から早速ベル友やクラスメートたちが「ゲンキ?」、「ドコニイルノ」、「デンワシテ」などと北山さんのポケベルにメッセージを送った。すると16日以降、電話番号を書いた生徒の家に無言電話がかかるようになった。
「北山さんは事件に巻き込まれた可能性もある」として学校は北山さんへのメッセージに電話番号を書くのを禁止した。しかし「何とかして手がかりを…」との思いで、一人の女子生徒だけが電話番号を書いてメッセージを送り続けた。
彼女の家にも不審な電話がかかった。「結子、どこにおるの?」と呼びかけると電話はすぐに切られる。そこで6月18日以降は敢えて呼びかけずに黙っていると、男の声で「もしもし、もしもし」と返事があった。
【見つかったポケベルと男の逮捕】
女子生徒は「結子はどこにいるの」と男に尋ねた。男は「13日の21時頃に明星駅へ送ったが、その後は知らない」と答えた。男は小声で、松阪なまりだったとされる。「結子の声を聞かせて」、「結子を電話に出して」と女子生徒は電話がかかる度に男に迫った。男はすぐに電話を切ることもあれば、「いない」と答えたり、話を逸らしたりした。
毎日のように男との電話を続けていると、やがて男は「あなたと会ってもいい」などと言い出した。男は松阪市船江町のショッピングセンター「マーム」を指定。女子生徒は向かったが、しかし男は現れなかった。後日の電話で女子生徒が「なぜ来なかったの?」と問い詰めると、男は「近くにはいたが…」と言葉を濁した。
そして6月25日、男はとうとう「ポケベルを返す」と言った。一志郡三雲町小野江のバス停に置いたという。女子生徒は母親と一緒にバス停に向かうと、男の言ったとおりゴミ箱の裏側にポケベルはあった。報道によれば、「なぜ結子のポケベルを持っているの?」という女子生徒からの問いに対して、男は「借金の担保として預かった」などと答えたとされる。
北山さんのポケベルを介して始まった、12日間数十回に及ぶ男との「対話」はこれで終わるかと思われた。だが、6月27日に男からまたしても電話があった。なんと男は「ベルは取りに行ったか」と確認してきたのである。女子生徒は「結子はどこ」と繰り返し尋ねた。男は「知らない」と答えて電話を切った。
その直後、三重県嬉野町内の公衆電話前で一人の男が警察に任意同行を求められた。6月20日以降、女子生徒宅で警察が電話の解析を続けており、逆探知によって遂に発信元を特定したのである。松阪署に連れられた男は翌日逮捕された。
【疑惑の男】
逮捕されたのは松阪市茶与町に住む露天商手伝いのT(当時46歳)であった。愛知県警科捜研の分析によれば、一連の電話は全て同一人物によるもので、Tの声紋と極めて近いという結果がでたという。また、Tの逮捕後に女子生徒宅に不審電話がかかることもなくなった。
電話についてさらに分析すると、発信元はいずれもTの自宅から離れた嬉野町や三雲町などで、しかも人目につきにくい場所にある公衆電話からだと分かった。Tは仕事柄広い土地鑑をもっているはずで、自分に疑惑が及ばぬように慎重に場所を選んだとしてもおかしくはない。また、公衆電話前で捕まった際も、夏場で軽装なのに何故か手袋をしており、自らの痕跡を残したくない様子が伺えた。
Tについては、北山さんが行方不明になった後の6月17日から6月18日頃にかけて、下校中の学生数十人に対して「北山結子さんはまだ学校にいる?もう帰ったの?」などと声かけてしていたことが報じられている。北山さんとの接点をカモフラージュするためとする見方もあるが、この時点で事件は非公開で、むしろ自身が疑われかねない行為である。どういった意図があったのかはハッキリしない。
ともかく、これでいよいよ事件解決かと思われたが、ここから捜査は難航する。Tは北山さんを見知っていると接点を仄めかすこともあったが、一転して「会ったこともない」と翻したりした。件のポケベルについても、北山さんから「預かった」と話したが、いつどこで受け取ったかは「覚えてない」という。やがてTは事件に関しては黙秘するようになり、たまの雑談にだけ応じるようになった。
【証拠の評価】
Tの口から決定的な供述が得られないのであれば物的証拠から立証していくしかない。まず、Tの所有するワンボックスカーは、前方左側のウィンカー部分が破損しており、バンパーにも衝突したような傷が見られた。Tは2月に同車を購入したばかりで、週に一度は洗車をするなどかなり大切に扱っており、車の傷はつい最近付いたものと伺えた。
北山さんが最後に連絡をとった公衆電話前付近での目撃証言によれば、北山さんらしき女子高生が電話をかける横で、Tのワンボックスカーと同色のワゴン車が停まっていたという。Tの車の破損は自転車との接触では無さそうで、電話を終えた北山さんに車を接触させるなどして強引に車内に連れ込んだと警察は推理した。北山さんが乗っていた自転車は見つかっていないが、ワンボックスカーならば運ぶのは容易い。
Tはおよそ週に一度の頻度で給油をしていたが、6月12日、14日、17日と北山さんが失踪する前後に給油の頻度が上がっていたことも判明した。この頃に長距離移動する用事があったということか。車内からは「伊勢二見鳥羽ライン」の領収書も見つかっている。なお、17日以降は逮捕される27日まで給油はしていない。
ワンボックス車内からは漢和辞典が見つかった。この漢和辞典は、報道によって北山さんのものと書かれていたりTの私物と書かれていたりして情報が揺れているのだが、いずれにせよ北山さんの友人のポケットベル番号が複数書かれていたという。筆跡については特に報じられていないが、北山さんのポケベルに送られた電話番号をメモしていた可能性がある。
また、Tのズボンのポケットからは一枚のハンカチが見つかった。ハンカチは女性もので、男性のTが持っているのは不自然に映る。しかもTはこのハンカチについて「拾った」などと供述した。北山さんの母親は「娘が持っていたものによく似ている」と証言した。だが、それが北山さんのものだという立証はできなかった。
結局のところ、唯一の確実な物証といえるのは北山さんの持っていたポケベルである。しかしそこからTの指紋などは見つからなかった。後に、北山さんの付けたハロー・キティのキーホルダーが外されていたことが明かされたが、電話の主が外したのかは定かでない。男性がハロー・キティのキーホルダーをつけていれば目立つだろうし、キーホルダーには鈴が付いていたためその音が鳴るのを嫌ったのかもしれない。
【真相解明ならず】
共犯者の存在も考え、三重県警はTの逮捕後も非公開の捜査を続けていたが、単独犯の可能性が強くなったこと、そしてなにより北山さんの行方が依然として分からないため、7月8日から公開捜査に切り替えられた。
三重県警は焦っていた。疑惑の人物は目の前にいる。だが、何の情報も得られない。Tとの雑談の中で挙がった地名を片っ端から調べたが、当てもないデタラメな捜査は時間の無駄遣いにすぎなかった。
そうして7月18日に拘置期限を迎えてしまう。複数の状況証拠はあるものの、物的証拠は全く無い。このまま起訴しても公判を維持することは困難だ。Tは処分保留で釈放され、タクシーに乗って拘置所を立ち去った。
会見した津地検の次席検事は「T容疑者の容疑が晴れたわけではない」としつつ、「被害者の安否が未だに確認できていないことや、自転車などの遺留品が発見されていないという事情を考慮せざるを得なかった」と述べる。捜査手法が果たして適切だったのかという問いにはコメントせず、今後も全力で捜査を続けることを誓った。
事件発生時、不審な人物のリストが作成されたが、Tはそこに挙がっておらず、正しく"予想外"の人物であった。それだけに三重県警内でも意見が対立した。すなわち、北山さんの安否確認を最優先すべきという声と、Tを逮捕して取り調べの中で居場所を供述させるべきとする声である。結局、"逮捕派"が勝ったわけであるが、その結末は上記のとおりである。結果論ではあるが、これだけの証拠で逮捕まで踏み切ってしまったのは勇み足というほかない。
【その後】
2021年1月現在も北山さんの行方は分かっていない。毎年6月には両親が情報提供を呼びかけるためビラ配りなどを行っているものの、捜査に進展があったという報道は皆無だ。
北山さんの部屋があった離れは老朽化で雨漏りがするようになり、衣類や教科書などの「思い出の品」は母屋に移された。北山さんの両親はもう60代後半になった。"残された時間"は確実に短くなっている。
【参考リンク】
三重県警による情報提供呼びかけページは以下。
https://www.police.pref.mie.jp/provide_info/detail.php?no=20150303201805
チラシの方が所持品の情報が詳しく載っている。上記ページにも書けばいいのに。
https://www.police.pref.mie.jp/upload/20200608-194526.pdf
Youtubeでも情報提供を呼びかけている。2020年10月12日投稿。
【出典】
読売新聞1997年6月30日「塾帰りの女高生、行方不明 2週間手がかりなし/三重・明和」
朝日新聞1997年7月9日「女子高生誘拐の容疑者を逮捕 被害者不明 三重」
朝日新聞1997年7月9日「電話30回「結子はどこ」三重・17歳不明で」
朝日新聞1997年7月9日「失跡前後に不審車両 容疑者の車酷似 三重の女子高生不明」
産経新聞1997年7月9日「誘拐容疑の男逮捕 女子高生不明、公開捜査 三重」
毎日新聞1997年7月9日「不明1カ月…高3女子誘拐容疑で、46歳の男性を逮捕ーー三重県警」
読売新聞1997年7月9日「三重・明和で行方不明から1か月 女高生誘拐容疑で露天商逮捕/三重県警」
朝日新聞1997年7月10日「電話の男「会ってもいい」不明女子高生の友人に応答 三重」
毎日新聞1997年7月10日「T容疑者「ポケベル預かった」…友人証言と食い違いーー三重の高3女子不明」
毎日新聞1997年7月10日「T容疑者、周辺郡部に土地勘 捜索範囲を拡大ーー三重の高3行方不明事件」
読売新聞1997年7月10日「女高生誘拐容疑の露天商 不審電話の声紋一致 結子さん発見に全力」
朝日新聞1997年7月11日「容疑者、女高生のハンカチ持つ 入手先追及 失跡事件」
毎日新聞1997年7月11日「T容疑者、所在を生徒に聞き回るーー三重・明和町の高3女子行方不明事件」
読売新聞1997年7月11日「女子高生誘拐容疑事件 友情は鳴り続けた ポケベル次々発信」
読売新聞1997年7月12日「女高生誘拐容疑者 女性用の柄入りハンカチ所持/三重県警」
読売新聞1997年7月12日「女高生誘拐容疑者 公衆電話で捜査かく乱 手袋はめ場所転々」
朝日新聞1997年7月13日「辞書にポケベル番号 三重の高校生誘拐事件で容疑者」
読売新聞1997年7月13日「三重の女高生、不明から1か月 2キロの夜道で何が? 口閉ざす誘拐容疑者」
読売新聞1997年7月15日「三重の女高生不明 容疑の46歳所有のワゴン車に衝突跡 自転車に接触、誘拐?」
読売新聞1997年7月16日「三重・女高生誘拐容疑者のワゴン車内に「伊勢二見ライン」領収書
読売新聞1997年7月17日「三重・女高生不明 誘拐現場は公衆電話前 T容疑者、ワゴン車でぶつけ」
毎日新聞1997年7月18日「物証乏しく、処分微妙 容疑者、きょう拘置期限ーー三重・明和町の高3女子誘拐事件」
読売新聞1997年7月18日「三重の女高生誘拐事件 「結子さん、見知っていた」供述 T容疑者きょう起訴」
朝日新聞1997年7月19日「結子さん不明で逮捕の男性釈放 検察「終局処分とは別」」
毎日新聞1997年7月19日「三重の高3女子行方不明事件、逮捕の男性を釈放ーー津地検、処分保留のまま」
毎日新聞1997年7月19日「自白頼りが失態に 先走った三重県警ーー三重・女子高生二名事件、容疑者釈放」
読売新聞1997年7月19日「三重女高生不明事件 46歳男性、処分保留で釈放 物的証拠乏しく/津地検」
読売新聞1997年7月19日「三重の不明女高生捜査、振り出しに 男性処分保留で釈放 改めて無事祈る友」
読売新聞1998年6月12日「北山結子さん、行方不明から1年 消えたキーホルダー 三重県警が捜査」
読売新聞2017年6月14日「三重の女子高生不明20年 母親「今も夢に…」 情報提供呼びかけ」
朝日新聞2020年6月14日「松阪署員らが「情報提供を」北山さん不明23年 /三重県」
読売新聞2020年6月14日「女子高生不明23年「情報を」 松阪駅前で呼びかけ」
【ポケベルを鳴らして】
1997年6月13日20時過ぎ、北山結子さんは三重県多気郡明和町にある学習塾でのアルバイトを終えた。母親が車で迎えに来ていたが、北山さんは「友達の家に寄っていく」と告げると、一人自転車を走らせた。そして学習塾から1.5キロほど離れた地点にある公衆電話で、友人宅に「今から行く」と連絡したきり行方がが分からなくなった。
1997年はポケットベル(ポケベル)が高校生の必須アイテムだった時代だ。ベル友などという言葉もあった。翌14日から早速ベル友やクラスメートたちが「ゲンキ?」、「ドコニイルノ」、「デンワシテ」などと北山さんのポケベルにメッセージを送った。すると16日以降、電話番号を書いた生徒の家に無言電話がかかるようになった。
「北山さんは事件に巻き込まれた可能性もある」として学校は北山さんへのメッセージに電話番号を書くのを禁止した。しかし「何とかして手がかりを…」との思いで、一人の女子生徒だけが電話番号を書いてメッセージを送り続けた。
彼女の家にも不審な電話がかかった。「結子、どこにおるの?」と呼びかけると電話はすぐに切られる。そこで6月18日以降は敢えて呼びかけずに黙っていると、男の声で「もしもし、もしもし」と返事があった。
【見つかったポケベルと男の逮捕】
女子生徒は「結子はどこにいるの」と男に尋ねた。男は「13日の21時頃に明星駅へ送ったが、その後は知らない」と答えた。男は小声で、松阪なまりだったとされる。「結子の声を聞かせて」、「結子を電話に出して」と女子生徒は電話がかかる度に男に迫った。男はすぐに電話を切ることもあれば、「いない」と答えたり、話を逸らしたりした。
毎日のように男との電話を続けていると、やがて男は「あなたと会ってもいい」などと言い出した。男は松阪市船江町のショッピングセンター「マーム」を指定。女子生徒は向かったが、しかし男は現れなかった。後日の電話で女子生徒が「なぜ来なかったの?」と問い詰めると、男は「近くにはいたが…」と言葉を濁した。
そして6月25日、男はとうとう「ポケベルを返す」と言った。一志郡三雲町小野江のバス停に置いたという。女子生徒は母親と一緒にバス停に向かうと、男の言ったとおりゴミ箱の裏側にポケベルはあった。報道によれば、「なぜ結子のポケベルを持っているの?」という女子生徒からの問いに対して、男は「借金の担保として預かった」などと答えたとされる。
北山さんのポケベルを介して始まった、12日間数十回に及ぶ男との「対話」はこれで終わるかと思われた。だが、6月27日に男からまたしても電話があった。なんと男は「ベルは取りに行ったか」と確認してきたのである。女子生徒は「結子はどこ」と繰り返し尋ねた。男は「知らない」と答えて電話を切った。
その直後、三重県嬉野町内の公衆電話前で一人の男が警察に任意同行を求められた。6月20日以降、女子生徒宅で警察が電話の解析を続けており、逆探知によって遂に発信元を特定したのである。松阪署に連れられた男は翌日逮捕された。
【疑惑の男】
逮捕されたのは松阪市茶与町に住む露天商手伝いのT(当時46歳)であった。愛知県警科捜研の分析によれば、一連の電話は全て同一人物によるもので、Tの声紋と極めて近いという結果がでたという。また、Tの逮捕後に女子生徒宅に不審電話がかかることもなくなった。
電話についてさらに分析すると、発信元はいずれもTの自宅から離れた嬉野町や三雲町などで、しかも人目につきにくい場所にある公衆電話からだと分かった。Tは仕事柄広い土地鑑をもっているはずで、自分に疑惑が及ばぬように慎重に場所を選んだとしてもおかしくはない。また、公衆電話前で捕まった際も、夏場で軽装なのに何故か手袋をしており、自らの痕跡を残したくない様子が伺えた。
Tについては、北山さんが行方不明になった後の6月17日から6月18日頃にかけて、下校中の学生数十人に対して「北山結子さんはまだ学校にいる?もう帰ったの?」などと声かけてしていたことが報じられている。北山さんとの接点をカモフラージュするためとする見方もあるが、この時点で事件は非公開で、むしろ自身が疑われかねない行為である。どういった意図があったのかはハッキリしない。
ともかく、これでいよいよ事件解決かと思われたが、ここから捜査は難航する。Tは北山さんを見知っていると接点を仄めかすこともあったが、一転して「会ったこともない」と翻したりした。件のポケベルについても、北山さんから「預かった」と話したが、いつどこで受け取ったかは「覚えてない」という。やがてTは事件に関しては黙秘するようになり、たまの雑談にだけ応じるようになった。
【証拠の評価】
Tの口から決定的な供述が得られないのであれば物的証拠から立証していくしかない。まず、Tの所有するワンボックスカーは、前方左側のウィンカー部分が破損しており、バンパーにも衝突したような傷が見られた。Tは2月に同車を購入したばかりで、週に一度は洗車をするなどかなり大切に扱っており、車の傷はつい最近付いたものと伺えた。
北山さんが最後に連絡をとった公衆電話前付近での目撃証言によれば、北山さんらしき女子高生が電話をかける横で、Tのワンボックスカーと同色のワゴン車が停まっていたという。Tの車の破損は自転車との接触では無さそうで、電話を終えた北山さんに車を接触させるなどして強引に車内に連れ込んだと警察は推理した。北山さんが乗っていた自転車は見つかっていないが、ワンボックスカーならば運ぶのは容易い。
Tはおよそ週に一度の頻度で給油をしていたが、6月12日、14日、17日と北山さんが失踪する前後に給油の頻度が上がっていたことも判明した。この頃に長距離移動する用事があったということか。車内からは「伊勢二見鳥羽ライン」の領収書も見つかっている。なお、17日以降は逮捕される27日まで給油はしていない。
ワンボックス車内からは漢和辞典が見つかった。この漢和辞典は、報道によって北山さんのものと書かれていたりTの私物と書かれていたりして情報が揺れているのだが、いずれにせよ北山さんの友人のポケットベル番号が複数書かれていたという。筆跡については特に報じられていないが、北山さんのポケベルに送られた電話番号をメモしていた可能性がある。
また、Tのズボンのポケットからは一枚のハンカチが見つかった。ハンカチは女性もので、男性のTが持っているのは不自然に映る。しかもTはこのハンカチについて「拾った」などと供述した。北山さんの母親は「娘が持っていたものによく似ている」と証言した。だが、それが北山さんのものだという立証はできなかった。
結局のところ、唯一の確実な物証といえるのは北山さんの持っていたポケベルである。しかしそこからTの指紋などは見つからなかった。後に、北山さんの付けたハロー・キティのキーホルダーが外されていたことが明かされたが、電話の主が外したのかは定かでない。男性がハロー・キティのキーホルダーをつけていれば目立つだろうし、キーホルダーには鈴が付いていたためその音が鳴るのを嫌ったのかもしれない。
【真相解明ならず】
共犯者の存在も考え、三重県警はTの逮捕後も非公開の捜査を続けていたが、単独犯の可能性が強くなったこと、そしてなにより北山さんの行方が依然として分からないため、7月8日から公開捜査に切り替えられた。
三重県警は焦っていた。疑惑の人物は目の前にいる。だが、何の情報も得られない。Tとの雑談の中で挙がった地名を片っ端から調べたが、当てもないデタラメな捜査は時間の無駄遣いにすぎなかった。
そうして7月18日に拘置期限を迎えてしまう。複数の状況証拠はあるものの、物的証拠は全く無い。このまま起訴しても公判を維持することは困難だ。Tは処分保留で釈放され、タクシーに乗って拘置所を立ち去った。
会見した津地検の次席検事は「T容疑者の容疑が晴れたわけではない」としつつ、「被害者の安否が未だに確認できていないことや、自転車などの遺留品が発見されていないという事情を考慮せざるを得なかった」と述べる。捜査手法が果たして適切だったのかという問いにはコメントせず、今後も全力で捜査を続けることを誓った。
事件発生時、不審な人物のリストが作成されたが、Tはそこに挙がっておらず、正しく"予想外"の人物であった。それだけに三重県警内でも意見が対立した。すなわち、北山さんの安否確認を最優先すべきという声と、Tを逮捕して取り調べの中で居場所を供述させるべきとする声である。結局、"逮捕派"が勝ったわけであるが、その結末は上記のとおりである。結果論ではあるが、これだけの証拠で逮捕まで踏み切ってしまったのは勇み足というほかない。
【その後】
2021年1月現在も北山さんの行方は分かっていない。毎年6月には両親が情報提供を呼びかけるためビラ配りなどを行っているものの、捜査に進展があったという報道は皆無だ。
北山さんの部屋があった離れは老朽化で雨漏りがするようになり、衣類や教科書などの「思い出の品」は母屋に移された。北山さんの両親はもう60代後半になった。"残された時間"は確実に短くなっている。
【参考リンク】
三重県警による情報提供呼びかけページは以下。
https://www.police.pref.mie.jp/provide_info/detail.php?no=20150303201805
チラシの方が所持品の情報が詳しく載っている。上記ページにも書けばいいのに。
https://www.police.pref.mie.jp/upload/20200608-194526.pdf
Youtubeでも情報提供を呼びかけている。2020年10月12日投稿。
【出典】
読売新聞1997年6月30日「塾帰りの女高生、行方不明 2週間手がかりなし/三重・明和」
朝日新聞1997年7月9日「女子高生誘拐の容疑者を逮捕 被害者不明 三重」
朝日新聞1997年7月9日「電話30回「結子はどこ」三重・17歳不明で」
朝日新聞1997年7月9日「失跡前後に不審車両 容疑者の車酷似 三重の女子高生不明」
産経新聞1997年7月9日「誘拐容疑の男逮捕 女子高生不明、公開捜査 三重」
毎日新聞1997年7月9日「不明1カ月…高3女子誘拐容疑で、46歳の男性を逮捕ーー三重県警」
読売新聞1997年7月9日「三重・明和で行方不明から1か月 女高生誘拐容疑で露天商逮捕/三重県警」
朝日新聞1997年7月10日「電話の男「会ってもいい」不明女子高生の友人に応答 三重」
毎日新聞1997年7月10日「T容疑者「ポケベル預かった」…友人証言と食い違いーー三重の高3女子不明」
毎日新聞1997年7月10日「T容疑者、周辺郡部に土地勘 捜索範囲を拡大ーー三重の高3行方不明事件」
読売新聞1997年7月10日「女高生誘拐容疑の露天商 不審電話の声紋一致 結子さん発見に全力」
朝日新聞1997年7月11日「容疑者、女高生のハンカチ持つ 入手先追及 失跡事件」
毎日新聞1997年7月11日「T容疑者、所在を生徒に聞き回るーー三重・明和町の高3女子行方不明事件」
読売新聞1997年7月11日「女子高生誘拐容疑事件 友情は鳴り続けた ポケベル次々発信」
読売新聞1997年7月12日「女高生誘拐容疑者 女性用の柄入りハンカチ所持/三重県警」
読売新聞1997年7月12日「女高生誘拐容疑者 公衆電話で捜査かく乱 手袋はめ場所転々」
朝日新聞1997年7月13日「辞書にポケベル番号 三重の高校生誘拐事件で容疑者」
読売新聞1997年7月13日「三重の女高生、不明から1か月 2キロの夜道で何が? 口閉ざす誘拐容疑者」
読売新聞1997年7月15日「三重の女高生不明 容疑の46歳所有のワゴン車に衝突跡 自転車に接触、誘拐?」
読売新聞1997年7月16日「三重・女高生誘拐容疑者のワゴン車内に「伊勢二見ライン」領収書
読売新聞1997年7月17日「三重・女高生不明 誘拐現場は公衆電話前 T容疑者、ワゴン車でぶつけ」
毎日新聞1997年7月18日「物証乏しく、処分微妙 容疑者、きょう拘置期限ーー三重・明和町の高3女子誘拐事件」
読売新聞1997年7月18日「三重の女高生誘拐事件 「結子さん、見知っていた」供述 T容疑者きょう起訴」
朝日新聞1997年7月19日「結子さん不明で逮捕の男性釈放 検察「終局処分とは別」」
毎日新聞1997年7月19日「三重の高3女子行方不明事件、逮捕の男性を釈放ーー津地検、処分保留のまま」
毎日新聞1997年7月19日「自白頼りが失態に 先走った三重県警ーー三重・女子高生二名事件、容疑者釈放」
読売新聞1997年7月19日「三重女高生不明事件 46歳男性、処分保留で釈放 物的証拠乏しく/津地検」
読売新聞1997年7月19日「三重の不明女高生捜査、振り出しに 男性処分保留で釈放 改めて無事祈る友」
読売新聞1998年6月12日「北山結子さん、行方不明から1年 消えたキーホルダー 三重県警が捜査」
読売新聞2017年6月14日「三重の女子高生不明20年 母親「今も夢に…」 情報提供呼びかけ」
朝日新聞2020年6月14日「松阪署員らが「情報提供を」北山さん不明23年 /三重県」
読売新聞2020年6月14日「女子高生不明23年「情報を」 松阪駅前で呼びかけ」