2006年6月5日夜から6日未明にかけて、愛知県名古屋市中川区大当郎三丁目の住宅に強盗が押し入った。この家に住む西垣徳市さん(当時81歳)と妻の八重子さん(当時80歳)は粘着テープで全身を縛り付けられ、犯人は金品を奪って逃走した。

 8日朝になり、近所に住む徳市さんの弟が訪ねてきて事件が発覚。直ちに警察が駆けつけ、徳市さんはなんとか一命をとりとめたが、八重子さんは既に亡くなっていた。強盗殺人事件として捜査が開始され、現場に残された足跡から複数犯ということは判明しているものの、2021年現在も正体を特定できておらず未解決事件となっている。

【襲撃】
 徳市さんと八重子さんは就寝していたところを突然犯人に襲撃された。徳市さんが気づいたときには犯人が馬乗りになっており、そのまま激しい暴行を受けたという。そして目隠しをされ、後ろ手のまま全身を粘着テープでぐるぐる巻きにされてしまった。

 何も見えず、意識も薄れゆく中で、徳市さんは八重子さんに対して「おるか」と必死に呼びかけた。八重子さんから「おるよ」と返事があった。「えらいことが起きたから、がんばらないかんよ」、「お父さんと一緒、がんばるよ」とお互い呼びかけあったが、やがて徳市さんは意識を失った。

 徳市さんが目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。脱水状態によりひどく衰弱しており、激しい暴行で肋骨5本も折れていたが、どうにか一命をとりとめた。しかし八重子さんが亡くなったことを知らされる。

 八重子さんも激しい暴行を受けて肋骨が折れていた。左胸には蹴られるなどしてできた皮下出血もあった。しかし正確な死因は特定できていない。糖尿病の持病があり、インシュリン注射を打つことができずに死に至った可能性もあるという。

【犯人】
 徳市さん宅の風呂場の高窓のアルミ製格子が曲げられ、サッシ窓が切り破られていた。人が一人通れる程度の隙間ができており、犯人はここから侵入したと見られる。玄関は施錠されたままで、足跡も遺されておらず、犯人は逃走時にも風呂場の窓を通ったと思われる。

 現場には複数の足跡が遺され、複数の人物による犯行だったと見做されている。しかしその正確な人数は分からない。突然の襲撃だったため徳市さんも犯人の姿をハッキリ覚えていない。しかも犯人(たち)は終始無言だったという。これでは性別も年齢も出身地も特定しようがない。

 徳市さんと八重子さんを縛った粘着テープは犯人が持ち込んだもの。広く市販されている品で、購入ルートは追えていない。なお、拘束をキツくするために徳市さん宅の衣類やタオルも使用された。その他の遺留品は伝えられていない。

【現場】
 夫婦が倒れていた1階和室、他の2部屋、さらには2階の3部屋までも徹底的に物色されていた。家具は動かされ、床には物が散乱していた。階段にも衣類が散乱していたとされる。

 徳市さんの財布は1階に落ちていたが、中から現金十数万円が抜かれていた。ただしキャッシュカードは残されており、数冊の預金通帳も床に投げ捨てられたままだった。預金口座に手を出せばアシが付きやすくなると考えたのかもしれない。

 また、徳市さん愛用の懐中時計も奪われた。2015年6月、この懐中時計が第二次世界大戦の従事者がその期間や従事内容によって恩給の代わりに贈られたものと発表された。後述の愛知県警ホームページで写真が公開されている。他に、八重子さんが指輪やネックレスを保管していた箱が空になっており、犯人は宝飾品も盗んだ可能性がある。

 なお、八重子さんが普段使用していた巾着袋には現金が(おそらく)手つかずのまま残され、他にも宅内から封筒に入れたままにしていた多額の現金が見つかったが、これらは比較的発見されにくい場所にあったため、単に焦る犯人が見つけ出せなかっただけだと思われる。

 物色時は宅内の照明は付けられたと見られるが、逃走時には全て消されていた。こうして6日夜も7日夜も住宅は暗闇のままで、郵便受けに新聞も溜まった。しかし徳市さん夫妻は旅行好きであったため、近所の住人は夫妻は旅行に行っているものと思い込み、異変に気づくことはなかった。

【推理】
 徳市さん宅は周囲と比較して特別大きいということはない。現金を狙った犯行の場合、不謹慎な言い方になるが、外観だけを見れば周囲の他の住宅を狙ったほうがよさそうなものだ。だが、徳市さんは複数のアパートや貸家を所有し、事件当時自宅そばにも新たに一棟を建設中というくらい多額の収入があった。犯人グループはこうした経済事情を知っていたのかもしれない。

 徳市さんは家賃収入の一部を口座振込で、一部は現金で直接受け取っていた。犯人グループはこの家賃が手渡されたであろう時期を狙って犯行に及んだとする推理もある。

 だが、結局のところ犯人像の絞り込みは進まない。ただ一つ言えるとしたら、事件は決して行きあたりばったりに起こされたのではなく、用意周到で計画的に行われたということだけだ。

【捜査】
 本事件は、千葉市高校教諭強盗殺人事件や、大阪堺市母娘殺傷事件と同じく、捜査特別報奨金制度が2007年5月に開始した際に対象とされた。行き詰まる捜査が進展することが期待されたものの、結局有力な情報提供はないまま期限の1年を過ぎ、対象から外れた。

 徳市さんは2015年11月に亡くなった。享年91歳。自身を襲い、そして最愛の妻の命を奪った外道たちの名前も顔も知ることはできないままに…。

【リンク】
 愛知県警による情報提供呼びかけページは以下。懐中時計の写真も確認できる。
 https://www.pref.aichi.jp/police/anzen/sousa/kobetsu/nakagawa/index-200606.html

【出典】
 朝日新聞2006年6月8日「80歳女性が縛られ殺害 名古屋」 
 毎日新聞2006年6月8日「緊縛強盗:80歳殺害、夫無事ーー名古屋」
 朝日新聞2006年6月9日「80歳殺害、室内に複数の足跡 5日夜ー未明侵入 名古屋・中川区」 
 朝日新聞2006年6月9日「物色執拗、通帳散乱 犯人、家具も動かす 名古屋・中川区強殺」 
 読売新聞2006年6月9日「緊縛強盗、80歳女性殺害 2日経過?81歳の夫は重傷/名古屋・中川」
 朝日新聞2006年6月10日「犯人、妻にも暴行 肋骨骨折や皮下出血 名古屋・中川区の強殺」 
 朝日新聞2006年6月10日「玄関鍵全部見つかる 犯人、高窓から逃走か 名古屋・中川区強殺」 
 読売新聞2006年6月10日「名古屋の強殺 アルミ格子を工具で切断、出入り計画的犯行か/愛知県警調べ」
 毎日新聞2006年6月11日「名古屋・中川区の強盗殺人:風呂の格子、切断痕 玄関の鍵、冷蔵庫で発見」
 読売新聞2006年6月12日「名古屋・中川の強殺 物色後に照明消す? 発覚遅らせる工作か」
 朝日新聞2006年6月16日「十数万円奪われる 夫の財布から抜く 名古屋・中川区の強盗殺人」 
 読売新聞2006年6月16日「名古屋・中川の強殺 衣類やタオルで縛る 夫の財布、十数万円奪われる」
 読売新聞2006年10月7日「愛知・中川の強殺事件 重傷から回復…西垣さん「悲しみ、もう増えないで」」
 朝日新聞2007年5月1日「公費報奨金、遺族「解決につなげて」名古屋の中川区・強殺事件も対象」 
 朝日新聞2007年6月6日「名古屋・中川区強殺事件、報奨金対象でも情報乏しく 発生1年、夫無念」
 読売新聞2008年4月20日「「公費懸賞」月末に期限切れ 第1弾3事件は「有力情報なし」 延長模索=中部」
 読売新聞2008年5月12日「一筋の光、たった1年 社会部次長・棚瀬篤」
 朝日新聞2015年6月6日「9年前の事件「情報提供を」名古屋・中川区、強盗殺人」
 読売新聞2015年6月6日「中川区の強殺から9年 懐中時計を初公開 被害品と同型=愛知」
 朝日新聞2016年6月7日「強盗殺人10年、 情報提供募る 名古屋・中川署」