2016年11月20日午後20時40分頃、福島県相馬市中村1丁目県道で、会社員の男性Y(当時33歳)が車に跳ねられた。Yは車体底部に巻き込まれたまま約50メートル引きずられ、病院に搬送されたが、頭蓋骨骨折などで2時間後に死亡。Yを跳ねた車は現場から逃走した。
【悪夢のような現実】
男性Yは友人の結婚式に出席した帰りで、婚約者の女性が車で迎えに来たところだった。そうして路肩に止めた軽乗用車にYが荷物を積んでいると、いきなり車が突っ込んできた。この追突により、軽乗用車に乗っていた女性は全治約3週間の怪我を負う。さらに、軽乗用車に突っ込んだ車は動揺したのか、急に方向転換したかと思うと、今度は側に立っていたYを引きずりつつ逃走した。
Yと婚約者は交際2周年になる翌年7月に結婚することを決めていた。そんな最愛の人が目の前で突然命を奪われた。計り知れないほどのショックだった。
【"ながら運転"】
目撃証言をもとに捜査が開始され、11月22日に逃走車両を発見。車の持ち主である解体作業員の山内 隼人(当時38歳)が逮捕された。山内は別の罪により執行猶予中の身で、逮捕されれば刑務所行きは不可避ということで逃走したのだという。
さらに、山内のスマホを解析したところ、事故を起こした際にスマートフォンでゲームをしていたことが判明した。いわゆる"ながら運転"である。プレイしていたゲームは7月22日にリリースされ、社会的ヒットとなった「ポケモンGO」だった。
【裁判と判決】
2016年12月12日、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)及び道路交通法違反(ひき逃げ)で起訴。
2017年2月8日、初公判。山内は、追突に動揺して人を轢いたことに気付かなかったと主張した。弁護士も「夜間で暗く、車両を認識しにくかった。速度違反もしていない。」と寛大な判決を求めた。検察は懲役5年を求刑し、即日結審。
2017年2月27日、福島地裁判決。懲役3年6ヶ月の有罪判決。判決は「衝突するまで被害者の存在に気付かないなど、被告の注意義務違反の程度は著しい」と断罪し、「婚約者との幸せな結婚に向けて愛を育んでいる中、いきなり命を絶たれた無念は察するに余りある」と述べた。
判決が言い渡されると、法廷に婚約者の嗚咽が響いた。とても納得できる判決ではない。そもそも刑期が5年だろうと、10年だろうと、Yはもう帰ってこないのだ。Yの両親も同じ気持ちだった。実は、Yは2011年に南相馬市で失踪の末に怪死した女子校生の実兄である。息子も娘も酷い形で失ってしまった母親は「残された人間は悲しみを背負うしかない」と話す。
【ポケモンGOと事故】
「ポケモンGO」というゲームそのものに罪があるわけではないが、社会現象化するほどヒットしたゲーム故にプレイ人口が多く、また幅広い年層がプレイしていることもあり、ゲームリリース後は"ながら運転"による交通事故の主原因となってしまった。
2016年10月、愛知県一宮市での"ポケGO"事故では、小4男児がトラックに轢き殺され、男性運転手に禁錮3年の実刑判決が言い渡された。当時執行猶予がつくことが多かった交通事故における実刑判決は異例とされる。続いて2018年4月、愛知県西尾市での"ポケGO"事故では、85歳女性が轢き殺され、女性運転手に禁錮1年4月の判決が言い渡された。判決では、ゲームをしながら運転したことについて「単純な脇見事故とは一線を画し、刑事責任は相当に重い」と断罪している。
因みに、愛知県は2003年から2019年まで16年間交通事故死ワースト1だった(2020年も2位)
【罰則強化】
警察庁の統計によれば、2018年の"ながら運転"による交通事故は約2800件(うち死亡事故42件)で、2008年の2倍以上に増加している。"ながら運転"は、1999年(平成11年)より道路交通法第71条の5の5において禁止されているところだが、増加する事故に対応すべく、2019年12月からその罰則が強化されることとなった。
まず禁止されている行為を確認する。
道路交通法第71条5の5
自動車又は原動機付自転車(以下この号において「自動車等」という。)を運転する場合においては、当該自動車等が停止しているときを除き、携帯電話用装置、自動車電話用装置その他の無線通話装置(その全部又は一部を手で保持しなければ送信及び受信のいずれをも行うことができないものに限る。第百十八条第一項第三号の二において「無線通話装置」という。)を通話(傷病者の救護又は公共の安全の維持のため当該自動車等の走行中に緊急やむを得ずに行うものを除く。同号において同じ。)のために使用し、又は当該自動車等に取り付けられ若しくは持ち込まれた画像表示用装置(道路運送車両法第四十一条第一項第十六号若しくは第十七号又は第四十四条第十一号に規定する装置であるものを除く。第百十八条第一項第三号の二において同じ。)に表示された画像を注視しないこと。
要するに、スマホ等での「通話」行為と、カーナビやゲーム機等に表示された画像を「注視」することが禁止されているわけである。ただし車両が停止しているときは禁止されない。また、通話行為については、手で保持しない機器、いわゆるハンズフリーでの通話は禁止されていない。
改正により強化された罰則は以下のとおり。
改正により、"ながら運転"により交通事故を起こした際の違反点数は6点、すなわち一発免停となる。これは一般道で30km/h以上の速度違反と並ぶ位置づけである。
警察庁の統計によれば、罰則強化後3ヶ月間で"ながら運転"の取り締まり件数は、前年同期比で62.5%も減少したという。それでも交通事故は363件、死亡事故は7件もあった。"ながら運転"は運転手の心がけで容易に回避できる行為のはずだ。全ての運転手がその危険性を認識し、事故ゼロ社会が実現することを強く望む。
【判決文】
福島地裁平成28年(わ)第178号
【出典】
朝日新聞2016年10月27日「「運転中にポケモンGO」 トラックにはねられ小4死亡」
読売新聞2016年11月22日「ひき逃げ 33歳死亡 相馬=福島」
朝日新聞2016年11月22日「相馬の男性、ひき逃げされ死亡 /福島県」
読売新聞2016年11月23日「相馬死亡ひき逃げ 容疑で38歳を逮捕=福島」
朝日新聞2016年11月23日「ひき逃げ容疑で作業員逮捕 /福島県」
読売新聞2016年12月15日「ひき逃げ 運転中ポケGO 相馬の死亡事故 県警が注意喚起=福島」
読売新聞2017年2月9日「「ポケGO」運転 ひき逃げ死 初公判=福島」
読売新聞2017年2月28日「ひき逃げ死傷 懲役3年6月 地裁判決 「ポケGO」しながら運転=福島」
産経新聞2017年2月28日「「ポケGO」ひき逃げに実刑 婚約者目前で男性死亡」
朝日新聞2017年3月8日「運転中にポケGO、禁錮3年判決 愛知の小4死亡事故」
朝日新聞2018年4月16日「ポケモンGOしながら運転、85歳はねられ死亡 愛知」
産経WEST2019年12月25日「ポケGO事故で在宅起訴 過失運転致死罪、地検支部」
朝日新聞2020年2月14日「引きこもり、ポケGOが変えてくれた そして起きた事故」
共同通信2020年2月14日「スマホ死亡事故、運転の女認める」
共同通信2020年3月23日「ポケGO死亡事故で45歳に実刑」
日本経済新聞2020年4月2日「ながら運転62%減少 厳罰化後の取り締まり件数」
共同通信2020年8月26日「ポケモンGO事故、二審も実刑」
【悪夢のような現実】
男性Yは友人の結婚式に出席した帰りで、婚約者の女性が車で迎えに来たところだった。そうして路肩に止めた軽乗用車にYが荷物を積んでいると、いきなり車が突っ込んできた。この追突により、軽乗用車に乗っていた女性は全治約3週間の怪我を負う。さらに、軽乗用車に突っ込んだ車は動揺したのか、急に方向転換したかと思うと、今度は側に立っていたYを引きずりつつ逃走した。
Yと婚約者は交際2周年になる翌年7月に結婚することを決めていた。そんな最愛の人が目の前で突然命を奪われた。計り知れないほどのショックだった。
【"ながら運転"】
目撃証言をもとに捜査が開始され、11月22日に逃走車両を発見。車の持ち主である解体作業員の山内 隼人(当時38歳)が逮捕された。山内は別の罪により執行猶予中の身で、逮捕されれば刑務所行きは不可避ということで逃走したのだという。
さらに、山内のスマホを解析したところ、事故を起こした際にスマートフォンでゲームをしていたことが判明した。いわゆる"ながら運転"である。プレイしていたゲームは7月22日にリリースされ、社会的ヒットとなった「ポケモンGO」だった。
【裁判と判決】
2016年12月12日、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)及び道路交通法違反(ひき逃げ)で起訴。
2017年2月8日、初公判。山内は、追突に動揺して人を轢いたことに気付かなかったと主張した。弁護士も「夜間で暗く、車両を認識しにくかった。速度違反もしていない。」と寛大な判決を求めた。検察は懲役5年を求刑し、即日結審。
2017年2月27日、福島地裁判決。懲役3年6ヶ月の有罪判決。判決は「衝突するまで被害者の存在に気付かないなど、被告の注意義務違反の程度は著しい」と断罪し、「婚約者との幸せな結婚に向けて愛を育んでいる中、いきなり命を絶たれた無念は察するに余りある」と述べた。
判決が言い渡されると、法廷に婚約者の嗚咽が響いた。とても納得できる判決ではない。そもそも刑期が5年だろうと、10年だろうと、Yはもう帰ってこないのだ。Yの両親も同じ気持ちだった。実は、Yは2011年に南相馬市で失踪の末に怪死した女子校生の実兄である。息子も娘も酷い形で失ってしまった母親は「残された人間は悲しみを背負うしかない」と話す。
【ポケモンGOと事故】
「ポケモンGO」というゲームそのものに罪があるわけではないが、社会現象化するほどヒットしたゲーム故にプレイ人口が多く、また幅広い年層がプレイしていることもあり、ゲームリリース後は"ながら運転"による交通事故の主原因となってしまった。
2016年10月、愛知県一宮市での"ポケGO"事故では、小4男児がトラックに轢き殺され、男性運転手に禁錮3年の実刑判決が言い渡された。当時執行猶予がつくことが多かった交通事故における実刑判決は異例とされる。続いて2018年4月、愛知県西尾市での"ポケGO"事故では、85歳女性が轢き殺され、女性運転手に禁錮1年4月の判決が言い渡された。判決では、ゲームをしながら運転したことについて「単純な脇見事故とは一線を画し、刑事責任は相当に重い」と断罪している。
因みに、愛知県は2003年から2019年まで16年間交通事故死ワースト1だった(2020年も2位)
【罰則強化】
警察庁の統計によれば、2018年の"ながら運転"による交通事故は約2800件(うち死亡事故42件)で、2008年の2倍以上に増加している。"ながら運転"は、1999年(平成11年)より道路交通法第71条の5の5において禁止されているところだが、増加する事故に対応すべく、2019年12月からその罰則が強化されることとなった。
まず禁止されている行為を確認する。
道路交通法第71条5の5
自動車又は原動機付自転車(以下この号において「自動車等」という。)を運転する場合においては、当該自動車等が停止しているときを除き、携帯電話用装置、自動車電話用装置その他の無線通話装置(その全部又は一部を手で保持しなければ送信及び受信のいずれをも行うことができないものに限る。第百十八条第一項第三号の二において「無線通話装置」という。)を通話(傷病者の救護又は公共の安全の維持のため当該自動車等の走行中に緊急やむを得ずに行うものを除く。同号において同じ。)のために使用し、又は当該自動車等に取り付けられ若しくは持ち込まれた画像表示用装置(道路運送車両法第四十一条第一項第十六号若しくは第十七号又は第四十四条第十一号に規定する装置であるものを除く。第百十八条第一項第三号の二において同じ。)に表示された画像を注視しないこと。
要するに、スマホ等での「通話」行為と、カーナビやゲーム機等に表示された画像を「注視」することが禁止されているわけである。ただし車両が停止しているときは禁止されない。また、通話行為については、手で保持しない機器、いわゆるハンズフリーでの通話は禁止されていない。
改正により強化された罰則は以下のとおり。
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
スマホ等を保持しての 通話、画像注視行為 |
罰則:5万円以下の罰金 | 罰則:6月以下の懲役又は10万円以下の罰金 |
反則金:普通車の場合6,000円 | 反則金:普通車の場合は18,000円 | |
違反点数:1点 | 点数:3点 | |
スマホ等を保持して通話、画像注視、 又はカーナビ等非保持機器の画像注視 により交通事故を起こしたとき |
罰則:3月以下の懲役又は5万円以下の罰金 | 罰則:1年以下の懲役又は30万円以下の罰金 |
反則金:普通車の場合は9,000円 | 反則金:非反則行為となり、刑事罰対象に | |
違反点数:2点 | 違反点数:6点(=一発免停) |
改正により、"ながら運転"により交通事故を起こした際の違反点数は6点、すなわち一発免停となる。これは一般道で30km/h以上の速度違反と並ぶ位置づけである。
警察庁の統計によれば、罰則強化後3ヶ月間で"ながら運転"の取り締まり件数は、前年同期比で62.5%も減少したという。それでも交通事故は363件、死亡事故は7件もあった。"ながら運転"は運転手の心がけで容易に回避できる行為のはずだ。全ての運転手がその危険性を認識し、事故ゼロ社会が実現することを強く望む。
【判決文】
福島地裁平成28年(わ)第178号
【出典】
朝日新聞2016年10月27日「「運転中にポケモンGO」 トラックにはねられ小4死亡」
読売新聞2016年11月22日「ひき逃げ 33歳死亡 相馬=福島」
朝日新聞2016年11月22日「相馬の男性、ひき逃げされ死亡 /福島県」
読売新聞2016年11月23日「相馬死亡ひき逃げ 容疑で38歳を逮捕=福島」
朝日新聞2016年11月23日「ひき逃げ容疑で作業員逮捕 /福島県」
読売新聞2016年12月15日「ひき逃げ 運転中ポケGO 相馬の死亡事故 県警が注意喚起=福島」
読売新聞2017年2月9日「「ポケGO」運転 ひき逃げ死 初公判=福島」
読売新聞2017年2月28日「ひき逃げ死傷 懲役3年6月 地裁判決 「ポケGO」しながら運転=福島」
産経新聞2017年2月28日「「ポケGO」ひき逃げに実刑 婚約者目前で男性死亡」
朝日新聞2017年3月8日「運転中にポケGO、禁錮3年判決 愛知の小4死亡事故」
朝日新聞2018年4月16日「ポケモンGOしながら運転、85歳はねられ死亡 愛知」
産経WEST2019年12月25日「ポケGO事故で在宅起訴 過失運転致死罪、地検支部」
朝日新聞2020年2月14日「引きこもり、ポケGOが変えてくれた そして起きた事故」
共同通信2020年2月14日「スマホ死亡事故、運転の女認める」
共同通信2020年3月23日「ポケGO死亡事故で45歳に実刑」
日本経済新聞2020年4月2日「ながら運転62%減少 厳罰化後の取り締まり件数」
共同通信2020年8月26日「ポケモンGO事故、二審も実刑」