1981年3月中旬から6月中旬にかけて、東京都新宿歌舞伎町にて、ラブホテルの一室で女性が首を絞めて殺されるという事件が立て続けに3件発生。3事件が同一犯によるものか否かさえ特定できないまま、3件とも迷宮入りした。
【第一の事件】
1981年3月20日、ラブホテル「ニュー・エル・スカイ」の一室にて、サロン「日の丸」のホステス吉田 慶子(33歳)の絞殺遺体を発見。吉田は、19日の23時45分頃にサロンを出て、近くの飲食店で簡単な食事をした後、若い男と共にホテルに入っていた。犯人とみられるその若い男は、先に一人でホテルを出ていて行方知れず。被害者は日給7000円の入った財布を奪われており、ハンドバッグや化粧品は浴槽に投げ込まれていた。死亡推定時刻は20日の午前2時頃と見られている。
被害者である吉田の経歴を照会しようとしたところ、勤め先に提出した履歴書の記載は全くのデタラメと判明した。アパートを捜しても、吉田の正体に繋がる物品はなかなか見つからなかったが、やがて埼玉県所沢市で捜索願を出されていた女性Wと特定。Wは1968年に結婚するも、家庭内トラブルから1977年10月に家出し、以後行方が分からなくなっていた。なお、彼女の本当の年齢は45歳であった。
家出したWは間もなくホステスとして働き出した。一時は長野県で働いていたことも分かった。だが、Wは同僚たちには頑なに過去を語ろうとせず、写真に映ることさえ嫌がった。一度だけ「大阪に子供がいる、夫が事業に失敗したので蒸発してきた」などと語ったこともあったらしいが、日頃は「今が全てよ」とだけ言っていた。
アパートを調査する中で、Wは1000万円もの銀行預金があったことが判明した。「今が全て」と言う女にとって、それは誰のため何のための貯金だったのだろうか。
【第二の事件】
4月25日、ラブホテル「コカパレス」の一室にて、パンストで首を絞められた20歳前後の若い女性の遺体を発見。被害女性は、21時頃に2時間の休憩予定で中年男と共にホテルに入っていた。その中年男は「女は後から来るから」とフロントに言い残して22時半頃に先にホテルを出ており、従業員が部屋に電話を掛けてみても応答がなく、不審に思って部屋を訪れたところで事件が発覚した。犯人と見られる中年男は40歳前後、身長約165センチ、小太り、白の縦縞の背広姿。
第二事件の被害女性Xの身元は判明していない。年齢は20歳前後、身長約157センチ、中肉で髪は肩より下まで伸びている。厚化粧でブルーのアイシャドーをしており、水商売をしていた可能性が高い。両脇の下にわきがの手術痕有り。また、彼女の肺がキレイであったことも報道されている。すなわち、警察は彼女が最近まで空気のキレイな地方に住んでいたのではないかとみているということだ。右上前歯が1本欠損しているのも特徴的だったが、首都圏の歯科医のカルテに該当する患者はいなかったという。
被害女性Xはハンドバッグを奪われており、金銭狙いの犯行だった可能性はある。しかしXはそれだけでなく下着も含めた衣類まで奪われていた。残されたのは浴衣とビニール製のサンダルとイヤリングくらい。バッグと衣類の強奪は身元の特定を防ぐことが目的だったのかもしれない。
【第三の事件】
6月14日午後19時50分頃、ホテル「東丘」の一室にて、首にパンストを巻かれてベッドの上に倒れている女性を発見。女性はまだ体温が残っており、直ちに救急車で病院へと搬送されたが、意識を取り戻すことはなく、1時間後に死亡した。第二事件とは異なり、衣類はタンスに残され、傘やセカンドバッグも残されていた。一方で、財布や身分証明書の類は奪われていた。しかし、バッグの中から埼玉県川口市立図書館の本が見つかり、その貸し出し記録から、被害者はアルバイト従業員N(17歳)と特定された。
Nは14日の18時35分頃、若い男と一緒にホテルに入った。2人はどこかよそよそしい様子だったという。その若い男は19時40分頃にフロントに「帰る」と電話し、先の事件もあってか従業員が部屋を確認しに訪れると、男は慌てて部屋から飛び出し、金も払わずにそのまま逃走した。男は30歳前後、身長は160~165センチくらい、黒縁メガネで紺色の背広姿、大人しいサラリーマン風。また、血液型はA型と判明しており、部屋に残されたカップからは指紋も検出された。
被害者Nは、中学生の頃は成績もトップクラスだったというが、高校は1年で中退。その後はアルバイトをしつつ、いわゆる「竹の子族」に加わったり、気ままな生活をしていた。週末はよく歌舞伎町に一人で遊びに来ており、事件の前年には2度補導されたこともあった。また、事件前には18歳の男と同性を始めており、家族は心配していたという。
Nは、新宿に着いてからわずか1時間弱のうちにホテルに入ったようであり、胃の内容物からはホテルに入る前の時間帯にコーヒーを飲んだことが判明している。ひょっとしたら、犯人の男と喫茶店などで待ち合わせしたのかもしれない。だが、彼女の交友関係は10代の人間ばかりで、30歳前後の人間との付き合いは確認されていない。Nはテレビタレントになる夢を周囲に語っており、犯人は芸能関係者を装ってNに接近したのではないかという推理もある。
【第四事件?と迷宮入り】
第三事件の捜査において、Nが事件時に覚醒剤を使用していたことがわかった。この際、第一事件と第二事件においてもシーツなどから覚醒剤の成分が検出されたことが判明した。つまり、3事件とも薬物絡みのトラブルという線も有り得る。
また、第三事件の10日後には、やはり歌舞伎町のラブホテル一室で、キャバレーホステスB(30歳)が、同伴した男にいきなりネクタイで首を絞められる事件が発生した。Bがとっさに抵抗したところ男は殺すことを諦め、Bの財布から5万円を奪って逃走した。男の人相は第三事件犯人のそれと近く、警察は同一犯の可能性が高いと見ている。Bはゲームセンターで一人遊んでいたところ、男から声をかけられたと証言した。
しかし、1982年3月に一連の事件の特別捜査本部は早くも解散。その後全く進展が無いまま、全ての事件が公訴時効を迎えた。
ラブホテルという場所は、プライバシーに配慮されており、客と従業員ができる限り顔を合わさないように設計されている。そのため、第一事件の男は人相がハッキリしておらず、衣服を奪われた第二事件の被害者Xはホテルに入る前にどんな格好をしていたか分からない。しかも歌舞伎町は毎夜多くの人間が出入りし、各人の顔も名前も背景もほとんど気に留められることはない。つまり事件は一種の密室殺人だった。迷宮入りも必然といえよう。
【歌舞伎町は怖いところ】
歌舞伎町では1984年8月と12月にも女性が殺害される事件が発生している。2つの事件はそれぞれ犯人が逮捕されているが、ここで関連事件として紹介する。
1984年8月、歌舞伎町のラブホテルで、浴衣の紐で首を絞められた女性T(31歳)の遺体を発見。ハンドバッグは残されたが、現金や貴金属類が奪われていた。先の事件の影響からか、男性客が一人でホテルを出ようとする場合、従業員が女性客に確認を取る決まりになっていたが、本事件では男が女の声色を使って電話し、「連れが先に帰る」などと装っていた。
現場に残された指紋から、前科5犯で、仮出所中に事件を起こして当時指名手配中だったS(29歳)が容疑者として浮上。後日、Sは逮捕された。Sの供述によると、Tさんに声をかけてホテルに入ったが、金を要求されたためカッとなって殺したという。
被害女性Tは、2度も我が子を殺した過去をもつ女であった。一度目は21歳のとき、産んだばかりの女の子を「生活が苦しくて育てられない」として包丁で刺して殺した。この罪には執行猶予がつき、新たな男性と生活を始め、今度は2人の男児を設けた。しかしその次男を生後5カ月で床に叩きつけて殺してしまう。「夫が仕事から帰らず、イライラしてわけもわからずやった」などと述べ、懲役3年半の実刑判決。刑務所から「長男を引き取りにいきたい」と手紙を書いたが、出所後も息子の前に姿を見せることはなく、歌舞伎町で無残な最期を迎えたのだった。
1984年12月、歌舞伎町のマンションの廊下で、女性Y(22歳)の絞殺遺体を発見。後日、犯人として前科8犯のヤクザK(26歳)が逮捕される。犯人Kは、路上でYさんに声をかけてホテルへ向かったが、別れ際にYさんが3万円を要求し、Kが「金は無い」と断るとYさんが「ヤクザなら借金でもして金を作ったら」などと煽ったため、カッとなって殺したという。
Yさんは英語を学ぶため高校卒業後に青森から上京したものの、東京での遊びを覚えてしまったのか、わずか数ヶ月で外国語学校を退学していた。その後は都内でアルバイト生活を続けていた模様。当時ボーイフレンドもできていたというのに、どうしてKに付いていってしまったのかはよく分からない。小遣い稼ぎのつもりだったのかもしれないが、あまりにもリスクの高い「仕事」であった。なお、Yさんは年末に実家に帰省するための切符を買っていたのだが、Kは他の女性との交際費にあてるため、その切符まで換金してしまったという。なんとも酷い話だ。
【さらなる未解決事件】
1980年代の新聞報道を追っていくと、85年9月にも気になる殺人事件が発生していた。
1985年9月28日午前7時20分頃、歌舞伎町のビジネスホテル「ライオンズホテル新宿」の一室にて、若い女性がベッドの上で仰向けになって死んでいるのが発見される。同室は27日23時頃に中年男が一人でチェックインし、28日早朝にチェックアウトしており、従業員が部屋の片付けに向かったところで事件が発覚した。被害者の死因は口と鼻を手で抑えられたことによる窒息死。死亡推定時刻は28日午前4時~5時頃とみられる。
女性はハンドバッグを奪われたようで、身元の分かるものを持っていなかったが、警察の捜査により、中年男が呼んだホテトル嬢K(21歳)であることが判明した。中年男はチェックインするとすぐさま店に電話をしたのだが、最初に来た27歳の嬢は「10代のもっと若い娘がほしい。アンタじゃダメだ」と帰され、次に来た19歳の嬢は「太っているから」という理由で帰され、3人目としてKさんがやって来て餌食となった。
"チェンジ"された最初の嬢と2番目の嬢の証言によれば、中年男はサラリーマン風で、年齢は30~40歳くらいだったという。しかし、チェックイン時に記入した氏名や住所は全くのデタラメで、それ以上の追跡は叶わなかった。また、被害者Kさんは殺される直前にクロロホルムを嗅がされたことが判明しており、同年仙台のラブホテルで起きた事件との関連が指摘されたものの、これまた進展なし。続報は見つけられていないが、おそらくこの事件も迷宮入りしたものと思われる。何かしらの性的欲求を満たすために殺したのか、強盗目的だったのか、どうにも分からない不気味な事件である。
【出典】
読売新聞1981年3月20日「歌舞伎町のホテル 女性絞殺される/東京」
朝日新聞1981年3月20日「歌舞伎町のラブホテル 女性殺される_殺人」
読売新聞1981年3月21日「ホテルの殺人 ホステス、金のもつれ?」
読売新聞1981年3月22日「過去を断った女 ホステス殺人 身元捜しで写真手配」
朝日新聞1981年3月22日「過去を捨てた女性無惨 新宿の殺人_NEWS三面鏡」
読売新聞1981年3月24日「所沢の家出女性 ホステス殺人身元判明」
読売新聞1981年3月25日「預金1000万円あった 殺されたホステス」
読売新聞1981年4月26日「またラブホテル殺人 歌舞伎町で若い女性 中年男姿消す/東京・新宿」
朝日新聞1981年4月26日「女性、全裸で殺さる 連れの中年男は逃走 歌舞伎町のラブホテル」
読売新聞1981年4月27日「被害者は水商売? ラブホテル殺人/東京・新宿」
読売新聞1981年5月2日「【ニュースの航跡】身元も割れず1週間 新宿ラブホテル殺人」
読売新聞1981年5月8日「「似顔絵」再手配 ラブホテル殺人 身元なお不明」
読売新聞1981年6月15日「ホテルに女性絞殺体 新宿で3件目 17歳、連れの男消える/東京都」
毎日新聞1981年6月15日「殺人:歌舞伎町のラブホテルで17歳少女絞殺される」
読売新聞1981年6月16日「犯人、芸能プロ関係者か ラブホテルの少女殺人/東京・新宿署」
朝日新聞1981年6月16日「犯人は「A型」_ラブホテルで殺人」
読売新聞1981年6月21日「被害少女から覚せい剤反応 ラブホテル殺人/新宿区」
朝日新聞1981年6月27日「新宿のラブホテル 女工員殺しの犯人? 抵抗されて逃げる」
読売新聞1981年7月14日「ラブホテル殺人事件 犯人の指紋検出 連続3件初の手掛かり/東京都新宿区」
読売新聞1981年7月16日「女性3人とも覚せい剤使用 ラブホテル殺人」
読売新聞1982年3月26日「歌舞伎町ラブホテル殺人 3件とも"迷宮入り"」
以下、関連事件の報道。
読売新聞1984年8月4日「ホテルで女性絞殺 歌舞伎町 連れの男追う/東京」
読売新聞1984年8月5日「女性の周辺洗う ホテル他殺体/東京都・新宿区」
読売新聞1984年8月7日「女の声色で電話 ホテルの殺人の男/新宿・歌舞伎町」
読売新聞1984年8月8日「犯人は仮出所男 指紋から断定 歌舞伎町のホテル殺人/東京・新宿」
読売新聞1984年8月13日「新宿のホテル殺人 手配の男を逮捕」
朝日新聞1984年8月18日「新宿殺人被害者重い過去_NEWS三面鏡」
読売新聞1984年12月5日「歌舞伎町(新宿)また女性殺し 25~30歳、絞められた跡 マンション通路に」
読売新聞1984年12月10日「新宿・歌舞伎町の女性殺し "行きずりの男"逮捕」
読売新聞1984年12月12日「被害者は自称モデル 歌舞伎町の殺人」
読売新聞1984年12月13日「【追跡】通訳夢見た少女がナゼ…青森から上京4年 歌舞伎町殺人事件」
読売新聞1984年12月19日「「やっと取れた帰省切符」 奪って換金していた 歌舞伎町殺人」
読売新聞1985年9月28日「新宿歌舞伎町 ホテル殺人 投宿の若い女性 同伴の男性は先に出る」
朝日新聞1985年9月28日「若い女性殺される 歌舞伎町のホテル 不審な電話で発見_殺人」
読売新聞1985年9月29日「ホテル殺人の被害者は21歳/東京・歌舞伎町」
朝日新聞1985年9月29日「新宿の殺人 被害者、21歳の女性_殺人」
読売新聞1985年10月11日「ホテトル嬢殺しで公開手配」
朝日新聞1985年10月11日「似顔絵を公開 歌舞伎様デート嬢殺し犯人_殺人」
読売新聞1985年11月4日「"クロロホルム魔"浮かぶ 新宿のホテトル嬢殺し 仙台でも未遂事件」
【第一の事件】
1981年3月20日、ラブホテル「ニュー・エル・スカイ」の一室にて、サロン「日の丸」のホステス吉田 慶子(33歳)の絞殺遺体を発見。吉田は、19日の23時45分頃にサロンを出て、近くの飲食店で簡単な食事をした後、若い男と共にホテルに入っていた。犯人とみられるその若い男は、先に一人でホテルを出ていて行方知れず。被害者は日給7000円の入った財布を奪われており、ハンドバッグや化粧品は浴槽に投げ込まれていた。死亡推定時刻は20日の午前2時頃と見られている。
被害者である吉田の経歴を照会しようとしたところ、勤め先に提出した履歴書の記載は全くのデタラメと判明した。アパートを捜しても、吉田の正体に繋がる物品はなかなか見つからなかったが、やがて埼玉県所沢市で捜索願を出されていた女性Wと特定。Wは1968年に結婚するも、家庭内トラブルから1977年10月に家出し、以後行方が分からなくなっていた。なお、彼女の本当の年齢は45歳であった。
家出したWは間もなくホステスとして働き出した。一時は長野県で働いていたことも分かった。だが、Wは同僚たちには頑なに過去を語ろうとせず、写真に映ることさえ嫌がった。一度だけ「大阪に子供がいる、夫が事業に失敗したので蒸発してきた」などと語ったこともあったらしいが、日頃は「今が全てよ」とだけ言っていた。
アパートを調査する中で、Wは1000万円もの銀行預金があったことが判明した。「今が全て」と言う女にとって、それは誰のため何のための貯金だったのだろうか。
【第二の事件】
4月25日、ラブホテル「コカパレス」の一室にて、パンストで首を絞められた20歳前後の若い女性の遺体を発見。被害女性は、21時頃に2時間の休憩予定で中年男と共にホテルに入っていた。その中年男は「女は後から来るから」とフロントに言い残して22時半頃に先にホテルを出ており、従業員が部屋に電話を掛けてみても応答がなく、不審に思って部屋を訪れたところで事件が発覚した。犯人と見られる中年男は40歳前後、身長約165センチ、小太り、白の縦縞の背広姿。
第二事件の被害女性Xの身元は判明していない。年齢は20歳前後、身長約157センチ、中肉で髪は肩より下まで伸びている。厚化粧でブルーのアイシャドーをしており、水商売をしていた可能性が高い。両脇の下にわきがの手術痕有り。また、彼女の肺がキレイであったことも報道されている。すなわち、警察は彼女が最近まで空気のキレイな地方に住んでいたのではないかとみているということだ。右上前歯が1本欠損しているのも特徴的だったが、首都圏の歯科医のカルテに該当する患者はいなかったという。
被害女性Xはハンドバッグを奪われており、金銭狙いの犯行だった可能性はある。しかしXはそれだけでなく下着も含めた衣類まで奪われていた。残されたのは浴衣とビニール製のサンダルとイヤリングくらい。バッグと衣類の強奪は身元の特定を防ぐことが目的だったのかもしれない。
【第三の事件】
6月14日午後19時50分頃、ホテル「東丘」の一室にて、首にパンストを巻かれてベッドの上に倒れている女性を発見。女性はまだ体温が残っており、直ちに救急車で病院へと搬送されたが、意識を取り戻すことはなく、1時間後に死亡した。第二事件とは異なり、衣類はタンスに残され、傘やセカンドバッグも残されていた。一方で、財布や身分証明書の類は奪われていた。しかし、バッグの中から埼玉県川口市立図書館の本が見つかり、その貸し出し記録から、被害者はアルバイト従業員N(17歳)と特定された。
Nは14日の18時35分頃、若い男と一緒にホテルに入った。2人はどこかよそよそしい様子だったという。その若い男は19時40分頃にフロントに「帰る」と電話し、先の事件もあってか従業員が部屋を確認しに訪れると、男は慌てて部屋から飛び出し、金も払わずにそのまま逃走した。男は30歳前後、身長は160~165センチくらい、黒縁メガネで紺色の背広姿、大人しいサラリーマン風。また、血液型はA型と判明しており、部屋に残されたカップからは指紋も検出された。
被害者Nは、中学生の頃は成績もトップクラスだったというが、高校は1年で中退。その後はアルバイトをしつつ、いわゆる「竹の子族」に加わったり、気ままな生活をしていた。週末はよく歌舞伎町に一人で遊びに来ており、事件の前年には2度補導されたこともあった。また、事件前には18歳の男と同性を始めており、家族は心配していたという。
Nは、新宿に着いてからわずか1時間弱のうちにホテルに入ったようであり、胃の内容物からはホテルに入る前の時間帯にコーヒーを飲んだことが判明している。ひょっとしたら、犯人の男と喫茶店などで待ち合わせしたのかもしれない。だが、彼女の交友関係は10代の人間ばかりで、30歳前後の人間との付き合いは確認されていない。Nはテレビタレントになる夢を周囲に語っており、犯人は芸能関係者を装ってNに接近したのではないかという推理もある。
【第四事件?と迷宮入り】
第三事件の捜査において、Nが事件時に覚醒剤を使用していたことがわかった。この際、第一事件と第二事件においてもシーツなどから覚醒剤の成分が検出されたことが判明した。つまり、3事件とも薬物絡みのトラブルという線も有り得る。
また、第三事件の10日後には、やはり歌舞伎町のラブホテル一室で、キャバレーホステスB(30歳)が、同伴した男にいきなりネクタイで首を絞められる事件が発生した。Bがとっさに抵抗したところ男は殺すことを諦め、Bの財布から5万円を奪って逃走した。男の人相は第三事件犯人のそれと近く、警察は同一犯の可能性が高いと見ている。Bはゲームセンターで一人遊んでいたところ、男から声をかけられたと証言した。
しかし、1982年3月に一連の事件の特別捜査本部は早くも解散。その後全く進展が無いまま、全ての事件が公訴時効を迎えた。
ラブホテルという場所は、プライバシーに配慮されており、客と従業員ができる限り顔を合わさないように設計されている。そのため、第一事件の男は人相がハッキリしておらず、衣服を奪われた第二事件の被害者Xはホテルに入る前にどんな格好をしていたか分からない。しかも歌舞伎町は毎夜多くの人間が出入りし、各人の顔も名前も背景もほとんど気に留められることはない。つまり事件は一種の密室殺人だった。迷宮入りも必然といえよう。
【歌舞伎町は怖いところ】
歌舞伎町では1984年8月と12月にも女性が殺害される事件が発生している。2つの事件はそれぞれ犯人が逮捕されているが、ここで関連事件として紹介する。
1984年8月、歌舞伎町のラブホテルで、浴衣の紐で首を絞められた女性T(31歳)の遺体を発見。ハンドバッグは残されたが、現金や貴金属類が奪われていた。先の事件の影響からか、男性客が一人でホテルを出ようとする場合、従業員が女性客に確認を取る決まりになっていたが、本事件では男が女の声色を使って電話し、「連れが先に帰る」などと装っていた。
現場に残された指紋から、前科5犯で、仮出所中に事件を起こして当時指名手配中だったS(29歳)が容疑者として浮上。後日、Sは逮捕された。Sの供述によると、Tさんに声をかけてホテルに入ったが、金を要求されたためカッとなって殺したという。
被害女性Tは、2度も我が子を殺した過去をもつ女であった。一度目は21歳のとき、産んだばかりの女の子を「生活が苦しくて育てられない」として包丁で刺して殺した。この罪には執行猶予がつき、新たな男性と生活を始め、今度は2人の男児を設けた。しかしその次男を生後5カ月で床に叩きつけて殺してしまう。「夫が仕事から帰らず、イライラしてわけもわからずやった」などと述べ、懲役3年半の実刑判決。刑務所から「長男を引き取りにいきたい」と手紙を書いたが、出所後も息子の前に姿を見せることはなく、歌舞伎町で無残な最期を迎えたのだった。
1984年12月、歌舞伎町のマンションの廊下で、女性Y(22歳)の絞殺遺体を発見。後日、犯人として前科8犯のヤクザK(26歳)が逮捕される。犯人Kは、路上でYさんに声をかけてホテルへ向かったが、別れ際にYさんが3万円を要求し、Kが「金は無い」と断るとYさんが「ヤクザなら借金でもして金を作ったら」などと煽ったため、カッとなって殺したという。
Yさんは英語を学ぶため高校卒業後に青森から上京したものの、東京での遊びを覚えてしまったのか、わずか数ヶ月で外国語学校を退学していた。その後は都内でアルバイト生活を続けていた模様。当時ボーイフレンドもできていたというのに、どうしてKに付いていってしまったのかはよく分からない。小遣い稼ぎのつもりだったのかもしれないが、あまりにもリスクの高い「仕事」であった。なお、Yさんは年末に実家に帰省するための切符を買っていたのだが、Kは他の女性との交際費にあてるため、その切符まで換金してしまったという。なんとも酷い話だ。
【さらなる未解決事件】
1980年代の新聞報道を追っていくと、85年9月にも気になる殺人事件が発生していた。
1985年9月28日午前7時20分頃、歌舞伎町のビジネスホテル「ライオンズホテル新宿」の一室にて、若い女性がベッドの上で仰向けになって死んでいるのが発見される。同室は27日23時頃に中年男が一人でチェックインし、28日早朝にチェックアウトしており、従業員が部屋の片付けに向かったところで事件が発覚した。被害者の死因は口と鼻を手で抑えられたことによる窒息死。死亡推定時刻は28日午前4時~5時頃とみられる。
女性はハンドバッグを奪われたようで、身元の分かるものを持っていなかったが、警察の捜査により、中年男が呼んだホテトル嬢K(21歳)であることが判明した。中年男はチェックインするとすぐさま店に電話をしたのだが、最初に来た27歳の嬢は「10代のもっと若い娘がほしい。アンタじゃダメだ」と帰され、次に来た19歳の嬢は「太っているから」という理由で帰され、3人目としてKさんがやって来て餌食となった。
"チェンジ"された最初の嬢と2番目の嬢の証言によれば、中年男はサラリーマン風で、年齢は30~40歳くらいだったという。しかし、チェックイン時に記入した氏名や住所は全くのデタラメで、それ以上の追跡は叶わなかった。また、被害者Kさんは殺される直前にクロロホルムを嗅がされたことが判明しており、同年仙台のラブホテルで起きた事件との関連が指摘されたものの、これまた進展なし。続報は見つけられていないが、おそらくこの事件も迷宮入りしたものと思われる。何かしらの性的欲求を満たすために殺したのか、強盗目的だったのか、どうにも分からない不気味な事件である。
【出典】
読売新聞1981年3月20日「歌舞伎町のホテル 女性絞殺される/東京」
朝日新聞1981年3月20日「歌舞伎町のラブホテル 女性殺される_殺人」
読売新聞1981年3月21日「ホテルの殺人 ホステス、金のもつれ?」
読売新聞1981年3月22日「過去を断った女 ホステス殺人 身元捜しで写真手配」
朝日新聞1981年3月22日「過去を捨てた女性無惨 新宿の殺人_NEWS三面鏡」
読売新聞1981年3月24日「所沢の家出女性 ホステス殺人身元判明」
読売新聞1981年3月25日「預金1000万円あった 殺されたホステス」
読売新聞1981年4月26日「またラブホテル殺人 歌舞伎町で若い女性 中年男姿消す/東京・新宿」
朝日新聞1981年4月26日「女性、全裸で殺さる 連れの中年男は逃走 歌舞伎町のラブホテル」
読売新聞1981年4月27日「被害者は水商売? ラブホテル殺人/東京・新宿」
読売新聞1981年5月2日「【ニュースの航跡】身元も割れず1週間 新宿ラブホテル殺人」
読売新聞1981年5月8日「「似顔絵」再手配 ラブホテル殺人 身元なお不明」
読売新聞1981年6月15日「ホテルに女性絞殺体 新宿で3件目 17歳、連れの男消える/東京都」
毎日新聞1981年6月15日「殺人:歌舞伎町のラブホテルで17歳少女絞殺される」
読売新聞1981年6月16日「犯人、芸能プロ関係者か ラブホテルの少女殺人/東京・新宿署」
朝日新聞1981年6月16日「犯人は「A型」_ラブホテルで殺人」
読売新聞1981年6月21日「被害少女から覚せい剤反応 ラブホテル殺人/新宿区」
朝日新聞1981年6月27日「新宿のラブホテル 女工員殺しの犯人? 抵抗されて逃げる」
読売新聞1981年7月14日「ラブホテル殺人事件 犯人の指紋検出 連続3件初の手掛かり/東京都新宿区」
読売新聞1981年7月16日「女性3人とも覚せい剤使用 ラブホテル殺人」
読売新聞1982年3月26日「歌舞伎町ラブホテル殺人 3件とも"迷宮入り"」
以下、関連事件の報道。
読売新聞1984年8月4日「ホテルで女性絞殺 歌舞伎町 連れの男追う/東京」
読売新聞1984年8月5日「女性の周辺洗う ホテル他殺体/東京都・新宿区」
読売新聞1984年8月7日「女の声色で電話 ホテルの殺人の男/新宿・歌舞伎町」
読売新聞1984年8月8日「犯人は仮出所男 指紋から断定 歌舞伎町のホテル殺人/東京・新宿」
読売新聞1984年8月13日「新宿のホテル殺人 手配の男を逮捕」
朝日新聞1984年8月18日「新宿殺人被害者重い過去_NEWS三面鏡」
読売新聞1984年12月5日「歌舞伎町(新宿)また女性殺し 25~30歳、絞められた跡 マンション通路に」
読売新聞1984年12月10日「新宿・歌舞伎町の女性殺し "行きずりの男"逮捕」
読売新聞1984年12月12日「被害者は自称モデル 歌舞伎町の殺人」
読売新聞1984年12月13日「【追跡】通訳夢見た少女がナゼ…青森から上京4年 歌舞伎町殺人事件」
読売新聞1984年12月19日「「やっと取れた帰省切符」 奪って換金していた 歌舞伎町殺人」
読売新聞1985年9月28日「新宿歌舞伎町 ホテル殺人 投宿の若い女性 同伴の男性は先に出る」
朝日新聞1985年9月28日「若い女性殺される 歌舞伎町のホテル 不審な電話で発見_殺人」
読売新聞1985年9月29日「ホテル殺人の被害者は21歳/東京・歌舞伎町」
朝日新聞1985年9月29日「新宿の殺人 被害者、21歳の女性_殺人」
読売新聞1985年10月11日「ホテトル嬢殺しで公開手配」
朝日新聞1985年10月11日「似顔絵を公開 歌舞伎様デート嬢殺し犯人_殺人」
読売新聞1985年11月4日「"クロロホルム魔"浮かぶ 新宿のホテトル嬢殺し 仙台でも未遂事件」