大阪堺市母娘殺傷事件とは、2006年1月10日に発生した事件。2020年現在も母娘を殺傷した男は特定できておらず未解決。

【白昼の襲撃】
 2006年1月10日(火曜日)午後14時過ぎ、大阪府堺市西区神野町にある民家にて、この家に住む澤 真喜子さん(当時51歳)の悲鳴が響いた。その時トイレに入っていた次女のやす子さん(21歳)は、母親の悲鳴を聞いてかけつける。すると刃物を持った見知らぬ男が立っており、無言でやす子さんを切りつけてきた。

 驚いたやす子さんは傷を負いながらもトイレへ逃げ込む。やがて物音がしなくなるとトイレから出て119番通報した。通報は14時08分とされる。

 真喜子さんは首や顔など約10箇所に深い傷を負って死亡。やす子さんも顔などに傷を負ったが命に別状はなく全治10日ですんだ。やす子さんは襲ってきた男について「知らない男だった」と証言した。

【犯人について】
 やす子さんは当初「インターホンが鳴って真喜子さんが応対に出た」と証言したようだが、報道によればその後「インターホンが鳴らされたかどうか分からない」と改めている。澤さん宅では昼間は玄関の鍵を掛けないことが多かったともいう。犯人はいきなり澤さん宅へ押し入った可能性がある。

 また、事件当日に近所で男が押し入ったりインターホンを鳴らされたりした家はなかったとのこと。犯人は―澤さん宅が施錠されていないことを知っていたかまでは定かでないが―明確に澤さん宅をターゲットにしていたと考えられる。
 
 では動機は何か。やす子さんは犯人の男について「知らない」と証言した。真喜子さんはどうだっただろう。後述のとおり、犯人は逃げる真喜子さんを執拗に追いかけて攻撃しており、強い怨恨も感じさせる。夫の喜代治さんは妻は恨みを買う人物ではないと証言するが、見知らぬ男からの一方的な怨恨であれば、夫や長女に向けられていることさえ有り得る。

 犯人の容姿や服装については後掲の府警ホームページを参照のこと。なお、ホームページには特に言及が無いが、被害者2人は主に体の右側を切りつけられていたことから、犯人は左利きの可能性が高いとする分析もある。他に、後述する現場に残された短パンに付着していたDNAの鑑定から、犯人の血液型はAB型の可能性が高いとした報道もあった。
 
【物証】
 現場に遺された血痕から、真喜子さんはまず玄関先で切りつけられ、廊下へ戻って和室に入り、和室の窓から庭へ出て玄関先まで戻ったところで力尽きたとみられている。犯人の男も土足のまま室内へ上がって真喜子さんを執拗に追いかけ、更に背後からも切りつけた。

 その凶器となった刃渡り約17センチの文化包丁は庭に残されていた。やす子さんは犯人は素手で包丁を握っていたと証言している。それに加えて、手に怪我をしないようにするためか柄や刃元には粘着テープが二重、三重に巻かれており、そこから複数の指紋を採取したとのこと。当然、前歴者の指紋データベースに照会をかけられたが、合致する人物は見つかっていない模様。

 犯人はスウェットのような長ズボンを履いていた一方で、現場にはコンバースの灰色の短パン(Mサイズ)を残していった。一見、返り血を浴びた時の着替えのように思えるが、刃物で付いたとみられる傷が複数あったとのことで、府警は包丁をくるむのに使っていたと考えている。しかし包丁も短パンも大量生産品であり、販売ルートは辿れていない。

【目撃証言】
 府警ホームページに掲載された犯人と同じような服装をした男の目撃証言は多数ある。

 事件発生直後の午後14時05分頃には、同じ服装をした男がバッグのようなものを抱えてJR阪和線津久野駅の方向に走り去ったという。また、その男の上着には血が付いていたとのこと。返り血とみて間違いあるまい。おそらくバッグは襲撃前には凶器の包丁やそれを包む短パンなどが入っていたと考えられる。

 一方で、事件前の午後13時30分頃、現場から300メートルほど離れた路上で、似た服装の男が自転車に乗って現場方面に走って行ったという証言も報じられている。もしもこの男が犯人と同一人物であれば乗っていた自転車はどうなったのだろうか。

 現場住宅街は路地が複雑に入り組んでいる。そこから短時間で逃走したということで、犯人は現場周辺に土地勘をもっているとも考えられる。

【犯人を追って】
 真喜子さんの夫である澤 喜代治さんは弁理士で、堺市内に事務所を構えている。喜代治さんは仕事にかかりきりであり、真喜子さんが家庭を支え、娘たちを立派に育て上げた。喜代治さんは妻に感謝の言葉を捧げるとともに、犯人には何故こんな事をしたのか自首して真実を語ってほしいと求めた。

 2007年4月1日より捜査特別報奨金制度が導入されたが、本事件は制度開始時に対象となった5事件のうち1つである。応募期間は原則1年(更新有り)で、2020年現在は対象から外れているが、捜査そのものが終了したわけではなく、府警も遺族も犯人を追い続けている。

 殺人事件の犯人が逃走中という事実は地域を恐怖に陥れ、事件直後は小学校の集団登下校措置が取られるなどした。事件から既に10年以上が経過したが、犯人の男は今もどこかで安穏と生活しているかもしれない。犯人が捕まらない限り地域に真の平和が訪れることはないだろう。
 
【リンク】
 大阪府警による情報提供呼びかけページは以下のとおり。
 https://www.police.pref.osaka.lg.jp/jiken/jyoho/3554.html

【出典】
 読売新聞2006年1月11日「「目がギラギラしていた」大阪・堺の民家で母娘殺傷
 朝日新聞2006年1月11日「似た服の男、事件直前に目撃情報 堺・母娘死傷
 読売新聞2006年1月11日「玄関先で主婦殺される 大阪・堺の住宅街 若い男、執拗に刺す」
 読売新聞2006年1月11日「大阪・堺の母娘殺傷 包丁に滑り止めテープ 犯人、周到に準備」
 朝日新聞2006年1月12日「上着に血が付いた男目撃 大阪・母娘殺傷事件
 朝日新聞2006年1月12日「包丁に自傷防ぐ細工 粘着テープで「つば」母娘殺傷
 読売新聞2006年1月12日「堺の母娘殺傷 室内で母親襲う? 犯人の靴跡、多数残る/大阪府警調べ」
 朝日新聞2006年1月14日「堺・母娘殺傷 室内にスポーツ靴の跡 府警、特定急ぐ
 読売新聞2006年1月16日「堺の母娘殺傷 背後から押さえ首刺す 終始無言で母追い詰め 大阪府警解明」
 読売新聞2006年1月16日「大阪・堺の母娘殺傷1週間 犯人像絞りきれず 怨恨説、見当たらぬトラブル」 
 読売新聞2006年1月21日「大阪・堺の母娘殺傷 現場に短パン、凶器包む? 販売ルート解明急ぐ」
 朝日新聞2006年4月13日「DNA採取、血液型はAB 犯人遺留の短パン 堺・母娘殺傷」