2001年5月、千葉県千葉市若葉区貝塚町に住む杵渕 清さん(きねふち・きよし、当時59歳)と、妻の郁子さん(きねふち・いくこ、54歳)の行方が分からなくなった。2人の行方は2020年現在も分かっていないが、何かしらの事件に巻き込まれたと見られている。

【失踪した夫婦】
 2001年5月18日(金曜日)午前7時頃、杵渕 清さんは埼玉県三郷市の勤務先に予定どおり出社。

 一方で、妻の郁子さんは午前8時頃にパート先のスーパーに「30分遅れます」と電話をしていた。しかし9時20分頃になると今度は男の声で「親戚に不幸があったので、妻は2~3日休む」という電話が入る。電話に出た従業員は上司に取り次ぐか尋ねたが、男は断ったという。清さんは勤務先にいたことが確認されており、電話の発信元は杵渕さんの自宅であったことから、電話の男は清さんを装った別の人物ということが後に判明する。結局、郁子さんの会話は8時の電話が最後となり、以後2020年現在まで行方は分かっていない。

 午後18時頃、清さんが退社。清さんの目撃証言はこれが最後となる。以後の正確な足取りは不明。だが、同日19時30分頃に清さんと不審な男が杵渕さん宅へ入っていったとする目撃証言もあるようだ。この日の20時頃に杵渕さん宅で大きな物音がしたともいう。また、同時間帯に郁子さんの友人が家へ電話したが、男が出て「今伏せっている」と答えたとする情報もある。

 5月22日(火曜日)、清さんの上司が2日連続の無断欠勤を不審に思って自宅を訪れる。呼び鈴に反応は無く、郵便物が溜まっているなど様子がおかしかったことから警察へ通報。警察は栃木県にいた清さんの長男にも連絡し、共に室内へ入った。

 家に杵渕さん夫婦はいなかった。しかし廊下や風呂場などに多量の血痕が残っていた。廊下の血痕は清さん、風呂場の血痕は郁子さんのものと確認。特に風呂場の血痕は致死量であったという。また、血痕は拭いたり洗い流そうとした跡があったとされる。

【車の行方】
 夫婦は何かしらの事件に巻き込まれたと見て間違いない。しかし行方は分からず。夫婦の自家用車であるシャンパン・シルバーのマツダ・ファミリアも無くなっており、警察はNシステムから車の行方を追うことにした。

 Nシステムによる解析は以下のとおりであった。まず、5月19日午前2時頃に千葉市内で国道357号を木更津方面へ南下し、午後4時頃には東京のJR錦糸町駅付近、さらに埼玉県戸田市の美女木ICから高速に乗り、関越道から上信越道を経由し、19日午後19時頃に長野県の佐久ICで降りた。その後およそ13時間の空白があり、5月20日の午前8時頃に長野自動車道の塩尻IC付近を通過、20日午前10時頃には愛知県の小牧東ICを降りた。

 この記録から警察は愛知県内を捜索。そして2001年9月26日に市民の通報により名古屋市名東区内の路上で車を発見。現場は不要になった車が不法に乗り捨てられている場所で、ファミリアはそれらの車に紛れ込ませるように停められていたとのこと。千葉の自宅からは約300キロの距離がある。通報者によれば十日前くらいから車を確認していたが、近隣住民によれば数ヶ月前から停められていたという。

 車のキーは見つからず、窓はいずれも閉まっていた。車内には夫婦の持ち物とみられるテニスラケット数本や衣類の入った手提げカバンが残されていた。また、後部座席から尿反応、トランクから夫婦の血液反応が確認された。夫婦は何者かにより車に乗せられて連れ出されたということか。だが、肝心の夫婦の行方は不明のままだ。なお、車内の指紋は全て拭き取られていたという。

【不審な男】
 5月18日午後13時45分頃、杵渕さん宅から5キロほど離れた千葉市内の銀行窓口に不審な男が訪れていた。男は応対した女性従業員に清さんの名を名乗り、通帳や印鑑を使って清さんの定期預金を解約し、約350万円を手にして去っていった。この男が郁子さんのパート先に電話した男と同一人物かは不明。しかし夫婦の失踪に関係しているとみて間違いないだろう。

 銀行を訪れた不審な男の姿は防犯カメラに残っていた。男は野球帽と思われる帽子(中日ドラゴンズの可能性有り)を被り、眼鏡をしており、また白いマスクをしていた。服装はデニム地とみられるジャケットを羽織っていた。防犯カメラの画像は後述の千葉県警のページで確認できるが、男は斜め下を向いており眼鏡も反射してしまっているようで、人相はハッキリとは分からない。年齢は50~60歳位、身長は165センチ位。また、首が太く、耳が潰れている様子から、格闘技経験者とする分析もある。

【ニセ警官?】
 郁子さんが同僚に宛てたメールや上司の証言などから、夫婦は失踪の数日前からトラブルに巻き込まれていたらしいことが分かっている。

 5月15日、郁子さんからパート先の上司へ「警察が尋ねて来るから休ませてほしい」と電話があった。郁子さんは警察から「付近で逮捕された空き巣グループが杵渕さん宅を狙っていた。まだ逮捕されていない仲間が今後犯行に及ぶ可能性がある。空き巣グループは知能犯で、ITを使って凄いことをする。間取りや家族構成、その他家族しか知らない情報も知っている」などと言われたようだ。警官は科捜研の広中を名乗り、警察手帳も見せられたという。

 5月16日、警察が再び杵渕さん宅を訪れる。警察は「近所で空き巣が入ったが取り逃してしまった。空き巣はITを利用して知らぬ間に口座から預金を引き出すことができる。そのため、被害に遭った時に直ぐに警察に届けを出せるようにしておく必要がある」と話し、郁子さんに被害届を書かせた。郁子さんはそこに様々な個人情報や口座情報も書いてしまった模様。また、「銀行口座を教えてくれれば、その口座に動きがないか毎日確認する」と言われ、通帳や印鑑も確認させてしまったらしい。

 5月17日、午前8時頃に郁子さんからパート先へ電話。「また警察が来ているから遅れる。12時を過ぎたら欠勤にしてほしい」とのことだった。結局、この日は欠勤。一方で、欠勤した郁子さんが近所のテニスコートをぼんやりと眺めていたとする目撃証言も報じられている。証言者は郁子さんのテニス仲間だが、郁子さんは思いつめた様子で、声をかけられなかったという。また、清さんが午前10時01分と午後17時41分に「自宅のカギを替えたい」と不動産会社へ電話したことが判明している。

 空き巣対策を装って郁子さんから口座情報等を聞き出した男は、もちろん現職警官による犯罪の可能性も完全には排除できないが、千葉県警は少なくとも「科捜研の広中」なる人物がいないことを確認しており、ニセ警官とみていいだろう。現場付近では空き巣・窃盗の捜査も行われていなかったという。

【魔の金曜日】
 5月18日、上述のとおり清さんを装った男から郁子さんのパート先へ電話があった日であるが、実はこの日の午前10時過ぎ、郁子さんの最近の様子を心配した上司が杵渕さん宅を訪れていた。この時はまだガレージにファミリアはあったが、呼び鈴を押しても応答は無かった。そこで上司は家の裏手から中を覗き込もうとしたが、そのとき家の左手に男が立っていることに気づく。男は上司と顔が合うと、途端に脇を向いた。声をかけられたくない様子だったという。

 上司はこの男は件の警察だと思い、杵渕さん宅を見張ってくれているものと理解し、その場を立ち去ってしまう。なお、同日正午頃に、近所の住人から、この不審な男が杵渕さん宅周辺をうろついているとの通報もあったという。杵渕さん宅にいたこの不審な男の容姿は、同日13時過ぎに清さんを装って銀行に現れた男のそれと近く、おそらく同一人物と考えられる。

 ニセ警官(科捜研の広中)・18日に家にいた男・定期預金引き出し・家に残された血痕・自家用車の移動・夫婦の失踪…これらは独立した事象ではなく全てがリンクしていると考えるべきだろう。しかしこうした様々な情報がありながらも、2020年現在も事件は未解決のまま。残された血痕から夫婦は重傷を負ったようだが、生死も不明のままだ。

【郁子さんのメール】
 5月16日7時37分に郁子さんが同僚へ不審な内容のメールを送っていた。

 件名:お元気ですか?最悪よ
 本文:ちょっと事件があって、私の人生で3本の指に入るほどつらい事で困っています。
    今日も出勤しようか迷っている状態です。昨日1日でげっそりしました。
    仕事の方は、これから頭に入るかどうか?頼りは◯◯さんよろしくお願いします。杵渕より

 このメールの真意は不明。ニセ警官が初めて訪れた翌日だが、郁子さんはおそらくまだ警官が偽物と気づいていなかったはずだ。ここで言う「つらい事」とは空き巣に狙われていることを指すのだろうか。それとも全く別件か。同僚がこのメールに気づいたのは22日であり、夫婦失踪前に気づかなかったことを後悔しているという。

【金銭トラブル?】
 2005年4月に放送されたTVのチカラSOSファイルによれば、郁子さんのPCから削除されたメールを復元したところ、化粧品のマルチ商法絡みで送信したものが100通以上あったという。同番組では、郁子さんが100万円単位の金を誰かに貸しているという近所の住人による噂も報じている。そこから反社会的勢力の関与も疑われるが、噂に基づく憶測に過ぎず、何らの根拠もない。会社の同僚からは、夫婦共に几帳面な性格であり、そのような金銭トラブルは考えられないという証言もある。

【リンク】
 千葉県警による情報提供呼びかけページは以下。清さんに成りすました男の画像も確認できる。
 https://www.police.pref.chiba.jp/police_department/chiba_e/info.html

【出典】
 朝日新聞2001年5月26日「夫婦が不明、自宅に血痕 千葉市 /千葉」
 千葉日報2001年6月2日「千葉市の夫婦失跡 情報提供を呼びかけ 乗用車の車種公開
 読売新聞2001年6月2日「千葉・若葉区の50代夫婦、先月中旬から行方不明 玄関、廊下に血痕=千葉」
 朝日新聞2001年6月2日「千葉市の行方不明の夫婦と同型のマツダ車公開 県警 /千葉」
 朝日新聞2001年6月22日「職場連絡後、不明に 家族「情報寄せて」千葉の夫婦失そう/千葉」
 千葉日報2001年7月1日「消えた車、残る血痕、警察名乗るなぞの男 千葉市の会社員夫妻失跡
 読売新聞2001年7月29日「千葉の50代夫婦が失跡2か月 自宅、広範囲に血液反応 県警が捜査」
 千葉日報2001年9月27日「千葉市の夫婦失跡 2人の所在依然つかめず 不明の車 名古屋で発見
 読売新聞2001年9月27日「千葉の夫婦行方不明 名古屋で車発見=千葉」
 朝日新聞2001年9月27日「名古屋で乗用車発見「数ヵ月前から」千葉市・夫婦失そう/千葉」
 千葉日報2001年9月28日「千葉市の夫婦失跡 発見の車など本格検証 トランクから血液反応
 読売新聞2001年9月28日「千葉の夫婦失跡 車の検証でトランク内に血液反応=千葉」
 千葉日報2001年9月30日「千葉市の夫婦失跡 事件性強く 5月18日、19日 相次ぎ消息絶つ
 千葉日報2001年12月28日「千葉市の夫婦失そう 犯人?の写真公開
 読売新聞2001年12月28日「千葉の夫婦失跡 夫・清さんの口座から男が300万円引き出す=千葉」
 朝日新聞2001年12月28日「銀行口座から全額、男が引き出す 千葉の不明事件」
 千葉日報2002年1月15日「千葉市の夫婦失跡 夫独自の口座使う 関与の男、顔見知りか

 TVのチカラSOSファイル2005年4月放送「SOS-091 千葉・自宅に血痕残し消えた夫婦」Internet archiveの記録。
 https://web.archive.org/web/20070824184041/https://www.tv-asahi.co.jp/telechika/contents/sos/0091/index.html