2010年11月28日午前5時30分頃、山口県下関市彦島福浦町にあるアパート2階の一室で火災が発生。この部屋に住む子どもたちは隣室の男性に助けを求め、無事に火は消し止められた。しかし末子の6歳女児の行方が分からなくなっており、駆けつけた警察と消防により捜索が行われる。
果たして女児はアパート敷地内の側溝で死んでいた。首には絞められた跡があり、警察は女児が何者かに殺害されたとみて、殺人・放火等の容疑で捜査を開始する。
【早朝の火事】
2010年11月28日午前5時30分頃、山口県下関市彦島福浦町にあるアパートにて、子どもたちの「助けて」という声が響いた。このアパートの2階に住む男性がベランダに出てみると、隣室に住んでいる小学3年生男児と妹の小学2年生女児がパジャマ姿で「助けて下さい」と訴えてきた。男性はまずベランダづたいに男児と女児を救助する。
男性は子どもたちに事情を聞く。子どもたちは「煙が出ているんです。お母さんは仕事でいません」と言う。男性が隣室の玄関に向かうと鍵はかかっておらず、玄関の壁や靴が燃えて煙が立ち込めていた。しかし大規模な火災に発展することはなく、男性は自宅の風呂の残り湯をかけたり、足で踏むなどして無事に消火することができた。
しかし事件は終わらない。「妹がいない」と子どもたちは言う。末子の6歳女児Rが姿を消していたのだ。男性は、玄関側がまだ煙に包まれていたため、再びベランダに回って室内に向かって呼びかけた。しかし応答は無い。男性の妻が119番通報をしており、駆けつけて来た消防と警察はRの行方を探すことになった。
【末子の遺体発見】
午前6時30分頃、子どもたちの母親Mが深夜のアルバイトから帰宅する。報道によれば、前日27日の午後20時よりスナックで働いていたという。Mさんは自宅の火事に驚いたが、警察と消防から末子Rの行方が分からないことを聞かされると血相を変えて娘の捜索を始めた。
Rはアパート敷地内の側溝で倒れていた。病院に運ばれるも死亡を確認。首には紐のようなもので絞められた跡があり、何者かに殺害されたとみて間違いない。死因は首の圧迫による窒息で、死亡推定時刻は同日午前4時~5時25分頃とみられた。Mさん宅にあった扇風機の電気コードが切断されており、これを使ってRは絞殺されたと思われる。
なお、Rはズボンを履いていたものの、上半身は裸にされており、靴も履いていなかった。上半身に着ていた服は遺体のすぐ側で別途発見されている。
【捜査】
警察は、現場を知っている者、Mさん一家と顔見知りの人間による犯行と推理した。窓ガラスや玄関のドアは破損がなく、室内が物色された痕跡もない。Rと一緒に寝ていた長男と長女も異常に気づくことはなかった。すなわち強盗の線は薄くなる。
Mさんは事件現場となったアパートには9月半ばに引っ越してきたばかり。実は、Mさんは当時交際していた男性(Mさんの子どもたちの父では無い)から暴力を受けており、男性から逃げるために子どもたちを連れて転居したのだった。この男性に対しては罰金刑と配偶者暴力防止・被害者保護法(いわゆるDV防止法)に基づく接近禁止命令が出されている。このトラブルと事件との関係はあるのだろうか。
Mさんは女ひとりで子ども3人を育てるため、昼はパチンコ店、夜はスナックで働いていた。故に交友関係は広い。元夫(子どもたちの父親)、上述のDV男、それ以外にも多くの人間が家に出入りしたことがあるという。
アパートの住人による目撃証言としては、事件当日の午前5時頃、ニット帽を被った男が白いワゴン車に乗って走り去る姿を見たとのこと。
【容疑者逮捕】
事件からおよそ半年が経過した2011年5月24日、27歳男性が事情聴取・家宅捜索を受ける。男性の名は許 忠志(韓国籍、通名は湖山 忠志)という。許は、かつてMさんと交際しており、暴力を振るったとして接近禁止命令を出されたDV男、まさにその人であった。許は事件について「知らない、殺していない」と否認した。
5月27日、山口県警は許を殺人・死体遺棄容疑で逮捕。現場に落ちていたRの衣服に付着した痕跡と許のDNA型が一致したことが決め手だった。6月17日に山口地検が起訴。ただし死体遺棄容疑については死亡場所が特定できないとして不起訴処分となった。
【許 忠志という男】
許とMさんはパチンコ店で働く同僚として知り合った。許は自らの妻との間に一女を設けていたが、不仲になって半ば家を追い出されており、Mさんとの交際が始まるとMさんの住むアパートへ出入りするようになった。アパートの住人によれば、許は面倒見がよく、Mさんの子どもたちもよく懐いていたという。
しかし状況は一変する。きっかけは、2010年5月にMさんが許との子を中絶したことだったとされる。Mさんには既に3人の子どもがおり、またこの頃にはパチンコ店も退職して収入も減っていたため、許は反対したが最終的には中絶に同意した。しかしこの事に強い不満の気持ちを抱き続けた許は「俺の子どもがお前のガキのせいで殺された」などと言い出し、Mさんに暴力を振るうようになった。
許からの援助もなく、収入もなくなってきたので、Mさんは再び働くことを決めた。職場はパチンコ店だったが、男性の多い職場では許が嫉妬すると考え、許に対しては病院で働くと嘘をついた。また、許の暴力から逃れるべく、子どもを連れて実家に帰ると言って許をアパートから追い出しつつ、実際は同じアパートに住み続けていた。追い出された許はインターネットカフェで一人寝泊まりしていたとのこと。
9月11日、許はMさんの嘘に気づき、また、Mさんが以前の交際相手と連絡を取り合っていることにも怒り、包丁を持ってMさんのアパートに乗り込んだ。通報で駆けつけた警察により許は実家へ連れて行かれ、この隙にMさんは子どもを連れて事件現場となったアパートへ引っ越す。
しかし恨み深い許は、「金を渡す」などと嘘をついてMさんを呼び出し、車中で再び脅迫。そのまま引越し先のアパートにも乗り込み、サバイバルナイフを突きつけるなどした。こうして、9月13日に許は暴行容疑で逮捕された。
10月に山口地裁にて罰金30万円の略式命令と、DV防止法基づく接近禁止命令が出された。その後はMさんから警察に対する被害相談は無くなったものの、わずか1ヶ月半後に本事件は発生したことになる。
許は、家宅捜索を受けてから逮捕される前に、報道陣に対して「自分にも小さな子どもがいるのに、同じような小さい子を殺すわけがない」と述べたとされる。
【公判】
凶器とみられる扇風機コードも発見されておらず、直接証拠は無い。間接証拠の積み重ねにより事件は争われることとなった。検察は、許のDNAなど現場に残った痕跡について、事件当日に残されたものとしか考えられないとした。動機については、一連のDVの件での強い恨みを挙げた。幼い命を奪った責任は重いとして無期懲役を求刑。
対する弁護側は、DNAについては許とMさんが同居していたときに付着した可能性があり、鑑定結果は信用できないと述べた。また、犯行現場から許やMさん家族以外の第三者の毛髪などが多数発見されており、許以外の人物による犯行の可能性があると指摘。無罪を主張した。
なお、Mさんは、刑事裁判に伴う損害賠償命令制度を利用し、許に対して約5300万円の慰謝料請求を申し立てている。
【地裁判決】
2011年7月25日、山口地裁判決。裁判員裁判。懲役30年の有罪判決。
重視されたのは、(1):被告と一致するDNAが検出されたたばこの吸殻2本が、うち1本は遺体発見現場のすぐ側で、もう1本はアパートの階段付近で発見されていること。またそのように完全一致するDNAの出現頻度は日本人で約157兆人に1人、韓国人で約457兆人に1人であること。(2):同様に被告と一致するDNAが検出された「蛇のおもちゃ」がRの寝ていた布団のすぐ側で発見されたこと。この蛇のおもちゃは10月24日、つまり許がDVにより逮捕されて接近禁止命令を受けた後に、長男が同級生から貰ったものであった。
(1)のたばこの吸殻については、その湿り具合や、事件前日から当日にかけての気象条件を踏まえると、捨てられた時間帯は犯行時間帯に近いと考えられ、特に遺体発見現場のあたりは深夜に人が立ち入ることがほとんど無い場所であると指摘する。弁護側は、犯人が犯行の際にわざわざたばこを吸うとは考えられないと反論したが、判決では、事件は計画的なものではなく何らかの突発的な事態により起こったもので、被告が気持ちを落ち着かようとするなどして吸ったとして不自然でないとした。何者かが移動させたとか、風で運ばれたなどとする主張も退けた。
(2)蛇のおもちゃから被告のDNAが検出されたことについて、弁護側は被告がM宅で同居していた際に家財道具等に触れ、その家財道具から付着(転着)したと反論した。しかし判決ではその可能性を否定し、おもちゃに被告のDNAが残るのは犯行時間帯以外には考えられず、このことも犯行に関わった可能性を強めるとした。
もし、被告が犯人でないとすれば、被告は深夜に普段人が立ち入らない場所にたばこを捨て、その後Rを殺害した別の何者かが同じ場所に死体を遺棄し、しかもその何者かは被告と一致するDNAを有するということになるが、「常識的に考えてこのような偶然の一致が起こるとは到底考えられない」と断じた。その他、過去の事件による動機や、その他の間接証拠も、被告が犯人であることと整合するとした。
判決は、強固な殺意に基づく残虐な犯行であり、身勝手な動機と、法秩序を無視する態度が甚だしく、反省が見られないことを強く指摘するが、計画的な犯行は否定し、前科も無いことから無期懲役は回避して有期懲役の最上限である懲役30年とした。
【高裁判決】
2014年1月20日、広島高裁判決。被告による控訴を棄却。一審の懲役30年判決を支持。
弁護側は、まず、刑事裁判の基本原則についての理解が不十分な一般市民が加わった裁判体には公平な裁判をすることはできず、少なくともDNA型鑑定など科学的知識が求められる難解な事件での公平な判断は期待できないなどと主張した。しかし当然ながらこのような主張は退けられた。
(1):たばこについて、特に遺体側に落ちていた吸殻の状態について、被告が通常行う火の消し方とは異なるようであり、そもそも側溝に落とせば足で踏んで消す必要はなく、つまり火は別の場所で消された可能性が高く、何らかの外力で側溝まで運ばれたなどと弁護側は主張した。また、犯人は指紋を残さないように手袋をしてベランダからM宅へ侵入したようであり、凶器である扇風機コードが発見されていないことからも、被告が遺体の側でたばこを吸い、その吸殻をその場に捨て、自ら犯行を誇示するような行動を取るとは考え難いと主張した。
しかし判決は、事件は計画的ではなく突発的に起きたと見られ、原判決が指摘したように整合性の取れない行動を取る可能性があり、遺体遺棄後に一刻も早く現場を離れたいと考えるであろうところ、わざわざ現場へ戻って火を付けるという行動をとっていることからも、弁護側の主張する「一般論」を否定した。
(2):蛇のおもちゃに関して、弁護側は、DNAの状態が事件当日に付着したとしたら不自然に古い、蛇のおもちゃと同じ場所にあった物件から被告のDNAが検出されていないこと、またいくつかの物件から由来不明の第三者のDNAが検出されていることなどを主張した。
しかし判決は、DNAの状態が不自然という主張はあたらず、人が物に触れた場合に必ずその場所からDNAが検出されるとは限らず、鑑定からは由来不明のDNAが検出されていることも伺えるが、そのことが原判決の認定を直ちに左右することはないと断じた。
他に、被告の弟・妹による事件当日の被告の目撃証言が挙げられたが、これらは相当にあいまいで不正確な内容であると指摘し、捜査段階や起訴前の証言内容とも合理的な理由なく相当程度変遷しているとした。また、被告実母が、事件発覚直後に警察が訪れ、寝ている被告を起こしに行った際に被告の様子は普段と変わりなかったなどと証言するも、これも根拠が無いと退けられた。事件にはMさんやMさんの以前の交際相手が関与している可能性があるとした主張もあったが、これも根拠が無いとされた。
判決文の朗読後、許は証言台を蹴って突然立ち上がり、裁判長に向かって「誤りだらけじゃないか」と絶叫したという。さらに出廷していたMさんに近寄ろうとするなど暴れ出したため、刑務官により取り押さえられるという一幕があった。
【最高裁判決】
2014年11月10日、最高裁判決。被告による上告を棄却。懲役30年の判決が確定。
【判決文】
山口地裁 平成23年(わ)第72号
広島高裁 平成24年(う)第152号
最高裁 平成24年(あ)第285号
【出典】
日本経済新聞2011年5月27日「下関女児殺害、母親の元交際相手逮捕 容疑を否認」
日本経済新聞2012年7月26日「被告に懲役30年、下関女児殺害 山口地裁判決」
果たして女児はアパート敷地内の側溝で死んでいた。首には絞められた跡があり、警察は女児が何者かに殺害されたとみて、殺人・放火等の容疑で捜査を開始する。
【早朝の火事】
2010年11月28日午前5時30分頃、山口県下関市彦島福浦町にあるアパートにて、子どもたちの「助けて」という声が響いた。このアパートの2階に住む男性がベランダに出てみると、隣室に住んでいる小学3年生男児と妹の小学2年生女児がパジャマ姿で「助けて下さい」と訴えてきた。男性はまずベランダづたいに男児と女児を救助する。
男性は子どもたちに事情を聞く。子どもたちは「煙が出ているんです。お母さんは仕事でいません」と言う。男性が隣室の玄関に向かうと鍵はかかっておらず、玄関の壁や靴が燃えて煙が立ち込めていた。しかし大規模な火災に発展することはなく、男性は自宅の風呂の残り湯をかけたり、足で踏むなどして無事に消火することができた。
しかし事件は終わらない。「妹がいない」と子どもたちは言う。末子の6歳女児Rが姿を消していたのだ。男性は、玄関側がまだ煙に包まれていたため、再びベランダに回って室内に向かって呼びかけた。しかし応答は無い。男性の妻が119番通報をしており、駆けつけて来た消防と警察はRの行方を探すことになった。
【末子の遺体発見】
午前6時30分頃、子どもたちの母親Mが深夜のアルバイトから帰宅する。報道によれば、前日27日の午後20時よりスナックで働いていたという。Mさんは自宅の火事に驚いたが、警察と消防から末子Rの行方が分からないことを聞かされると血相を変えて娘の捜索を始めた。
Rはアパート敷地内の側溝で倒れていた。病院に運ばれるも死亡を確認。首には紐のようなもので絞められた跡があり、何者かに殺害されたとみて間違いない。死因は首の圧迫による窒息で、死亡推定時刻は同日午前4時~5時25分頃とみられた。Mさん宅にあった扇風機の電気コードが切断されており、これを使ってRは絞殺されたと思われる。
なお、Rはズボンを履いていたものの、上半身は裸にされており、靴も履いていなかった。上半身に着ていた服は遺体のすぐ側で別途発見されている。
【捜査】
警察は、現場を知っている者、Mさん一家と顔見知りの人間による犯行と推理した。窓ガラスや玄関のドアは破損がなく、室内が物色された痕跡もない。Rと一緒に寝ていた長男と長女も異常に気づくことはなかった。すなわち強盗の線は薄くなる。
Mさんは事件現場となったアパートには9月半ばに引っ越してきたばかり。実は、Mさんは当時交際していた男性(Mさんの子どもたちの父では無い)から暴力を受けており、男性から逃げるために子どもたちを連れて転居したのだった。この男性に対しては罰金刑と配偶者暴力防止・被害者保護法(いわゆるDV防止法)に基づく接近禁止命令が出されている。このトラブルと事件との関係はあるのだろうか。
Mさんは女ひとりで子ども3人を育てるため、昼はパチンコ店、夜はスナックで働いていた。故に交友関係は広い。元夫(子どもたちの父親)、上述のDV男、それ以外にも多くの人間が家に出入りしたことがあるという。
アパートの住人による目撃証言としては、事件当日の午前5時頃、ニット帽を被った男が白いワゴン車に乗って走り去る姿を見たとのこと。
【容疑者逮捕】
事件からおよそ半年が経過した2011年5月24日、27歳男性が事情聴取・家宅捜索を受ける。男性の名は許 忠志(韓国籍、通名は湖山 忠志)という。許は、かつてMさんと交際しており、暴力を振るったとして接近禁止命令を出されたDV男、まさにその人であった。許は事件について「知らない、殺していない」と否認した。
5月27日、山口県警は許を殺人・死体遺棄容疑で逮捕。現場に落ちていたRの衣服に付着した痕跡と許のDNA型が一致したことが決め手だった。6月17日に山口地検が起訴。ただし死体遺棄容疑については死亡場所が特定できないとして不起訴処分となった。
【許 忠志という男】
許とMさんはパチンコ店で働く同僚として知り合った。許は自らの妻との間に一女を設けていたが、不仲になって半ば家を追い出されており、Mさんとの交際が始まるとMさんの住むアパートへ出入りするようになった。アパートの住人によれば、許は面倒見がよく、Mさんの子どもたちもよく懐いていたという。
しかし状況は一変する。きっかけは、2010年5月にMさんが許との子を中絶したことだったとされる。Mさんには既に3人の子どもがおり、またこの頃にはパチンコ店も退職して収入も減っていたため、許は反対したが最終的には中絶に同意した。しかしこの事に強い不満の気持ちを抱き続けた許は「俺の子どもがお前のガキのせいで殺された」などと言い出し、Mさんに暴力を振るうようになった。
許からの援助もなく、収入もなくなってきたので、Mさんは再び働くことを決めた。職場はパチンコ店だったが、男性の多い職場では許が嫉妬すると考え、許に対しては病院で働くと嘘をついた。また、許の暴力から逃れるべく、子どもを連れて実家に帰ると言って許をアパートから追い出しつつ、実際は同じアパートに住み続けていた。追い出された許はインターネットカフェで一人寝泊まりしていたとのこと。
9月11日、許はMさんの嘘に気づき、また、Mさんが以前の交際相手と連絡を取り合っていることにも怒り、包丁を持ってMさんのアパートに乗り込んだ。通報で駆けつけた警察により許は実家へ連れて行かれ、この隙にMさんは子どもを連れて事件現場となったアパートへ引っ越す。
しかし恨み深い許は、「金を渡す」などと嘘をついてMさんを呼び出し、車中で再び脅迫。そのまま引越し先のアパートにも乗り込み、サバイバルナイフを突きつけるなどした。こうして、9月13日に許は暴行容疑で逮捕された。
10月に山口地裁にて罰金30万円の略式命令と、DV防止法基づく接近禁止命令が出された。その後はMさんから警察に対する被害相談は無くなったものの、わずか1ヶ月半後に本事件は発生したことになる。
許は、家宅捜索を受けてから逮捕される前に、報道陣に対して「自分にも小さな子どもがいるのに、同じような小さい子を殺すわけがない」と述べたとされる。
【公判】
凶器とみられる扇風機コードも発見されておらず、直接証拠は無い。間接証拠の積み重ねにより事件は争われることとなった。検察は、許のDNAなど現場に残った痕跡について、事件当日に残されたものとしか考えられないとした。動機については、一連のDVの件での強い恨みを挙げた。幼い命を奪った責任は重いとして無期懲役を求刑。
対する弁護側は、DNAについては許とMさんが同居していたときに付着した可能性があり、鑑定結果は信用できないと述べた。また、犯行現場から許やMさん家族以外の第三者の毛髪などが多数発見されており、許以外の人物による犯行の可能性があると指摘。無罪を主張した。
なお、Mさんは、刑事裁判に伴う損害賠償命令制度を利用し、許に対して約5300万円の慰謝料請求を申し立てている。
【地裁判決】
2011年7月25日、山口地裁判決。裁判員裁判。懲役30年の有罪判決。
重視されたのは、(1):被告と一致するDNAが検出されたたばこの吸殻2本が、うち1本は遺体発見現場のすぐ側で、もう1本はアパートの階段付近で発見されていること。またそのように完全一致するDNAの出現頻度は日本人で約157兆人に1人、韓国人で約457兆人に1人であること。(2):同様に被告と一致するDNAが検出された「蛇のおもちゃ」がRの寝ていた布団のすぐ側で発見されたこと。この蛇のおもちゃは10月24日、つまり許がDVにより逮捕されて接近禁止命令を受けた後に、長男が同級生から貰ったものであった。
(1)のたばこの吸殻については、その湿り具合や、事件前日から当日にかけての気象条件を踏まえると、捨てられた時間帯は犯行時間帯に近いと考えられ、特に遺体発見現場のあたりは深夜に人が立ち入ることがほとんど無い場所であると指摘する。弁護側は、犯人が犯行の際にわざわざたばこを吸うとは考えられないと反論したが、判決では、事件は計画的なものではなく何らかの突発的な事態により起こったもので、被告が気持ちを落ち着かようとするなどして吸ったとして不自然でないとした。何者かが移動させたとか、風で運ばれたなどとする主張も退けた。
(2)蛇のおもちゃから被告のDNAが検出されたことについて、弁護側は被告がM宅で同居していた際に家財道具等に触れ、その家財道具から付着(転着)したと反論した。しかし判決ではその可能性を否定し、おもちゃに被告のDNAが残るのは犯行時間帯以外には考えられず、このことも犯行に関わった可能性を強めるとした。
もし、被告が犯人でないとすれば、被告は深夜に普段人が立ち入らない場所にたばこを捨て、その後Rを殺害した別の何者かが同じ場所に死体を遺棄し、しかもその何者かは被告と一致するDNAを有するということになるが、「常識的に考えてこのような偶然の一致が起こるとは到底考えられない」と断じた。その他、過去の事件による動機や、その他の間接証拠も、被告が犯人であることと整合するとした。
判決は、強固な殺意に基づく残虐な犯行であり、身勝手な動機と、法秩序を無視する態度が甚だしく、反省が見られないことを強く指摘するが、計画的な犯行は否定し、前科も無いことから無期懲役は回避して有期懲役の最上限である懲役30年とした。
【高裁判決】
2014年1月20日、広島高裁判決。被告による控訴を棄却。一審の懲役30年判決を支持。
弁護側は、まず、刑事裁判の基本原則についての理解が不十分な一般市民が加わった裁判体には公平な裁判をすることはできず、少なくともDNA型鑑定など科学的知識が求められる難解な事件での公平な判断は期待できないなどと主張した。しかし当然ながらこのような主張は退けられた。
(1):たばこについて、特に遺体側に落ちていた吸殻の状態について、被告が通常行う火の消し方とは異なるようであり、そもそも側溝に落とせば足で踏んで消す必要はなく、つまり火は別の場所で消された可能性が高く、何らかの外力で側溝まで運ばれたなどと弁護側は主張した。また、犯人は指紋を残さないように手袋をしてベランダからM宅へ侵入したようであり、凶器である扇風機コードが発見されていないことからも、被告が遺体の側でたばこを吸い、その吸殻をその場に捨て、自ら犯行を誇示するような行動を取るとは考え難いと主張した。
しかし判決は、事件は計画的ではなく突発的に起きたと見られ、原判決が指摘したように整合性の取れない行動を取る可能性があり、遺体遺棄後に一刻も早く現場を離れたいと考えるであろうところ、わざわざ現場へ戻って火を付けるという行動をとっていることからも、弁護側の主張する「一般論」を否定した。
(2):蛇のおもちゃに関して、弁護側は、DNAの状態が事件当日に付着したとしたら不自然に古い、蛇のおもちゃと同じ場所にあった物件から被告のDNAが検出されていないこと、またいくつかの物件から由来不明の第三者のDNAが検出されていることなどを主張した。
しかし判決は、DNAの状態が不自然という主張はあたらず、人が物に触れた場合に必ずその場所からDNAが検出されるとは限らず、鑑定からは由来不明のDNAが検出されていることも伺えるが、そのことが原判決の認定を直ちに左右することはないと断じた。
他に、被告の弟・妹による事件当日の被告の目撃証言が挙げられたが、これらは相当にあいまいで不正確な内容であると指摘し、捜査段階や起訴前の証言内容とも合理的な理由なく相当程度変遷しているとした。また、被告実母が、事件発覚直後に警察が訪れ、寝ている被告を起こしに行った際に被告の様子は普段と変わりなかったなどと証言するも、これも根拠が無いと退けられた。事件にはMさんやMさんの以前の交際相手が関与している可能性があるとした主張もあったが、これも根拠が無いとされた。
判決文の朗読後、許は証言台を蹴って突然立ち上がり、裁判長に向かって「誤りだらけじゃないか」と絶叫したという。さらに出廷していたMさんに近寄ろうとするなど暴れ出したため、刑務官により取り押さえられるという一幕があった。
【最高裁判決】
2014年11月10日、最高裁判決。被告による上告を棄却。懲役30年の判決が確定。
【判決文】
山口地裁 平成23年(わ)第72号
広島高裁 平成24年(う)第152号
最高裁 平成24年(あ)第285号
【出典】
日本経済新聞2011年5月27日「下関女児殺害、母親の元交際相手逮捕 容疑を否認」
日本経済新聞2012年7月26日「被告に懲役30年、下関女児殺害 山口地裁判決」