2014年5月4日、北海道札幌市厚別区上野幌にて、女性Iが婚約者と家事のことで口論になって家を飛び出した。しかし家を出てから約20分後、Iから婚約者へ電話が架かる。Iは「助けて、警察呼んで」と強い口調で話し、何らかの事件に遭った様子。だが電話は途中で切れてしまい、そのままIの行方は分からなくなってしまった。

 そして5月28日、近隣の公園でIは死体となって発見される。腐乱が激しく死因は特定できなかったが、状況からして何者かに殺害されたと考えられた。

【夜中の家出】
 2014年5月4日午前0時40分頃、北海道札幌市厚別区上野幌にて、女性I(当時25歳)が家出をした。同居する婚約者と家事の分担を理由に口論になったことが原因だった。

 IはLINEの同級生グループでメッセージを交わしていたのだが、0時28分に「あーもぅあかん」と書いていたところ、0時46分には「頭ん中ぐちゃぐちゃすぎで、家でてきてしもた」と書いた。グループメンバーが心配するメッセージを送ると、Iも落ち着いてきたのか、0時56分に最後の応答メッセージを送ってくる。しかしそれに対するメンバーからの返信には既読がつかなかった。Iは4日の午後12時30分頃からグループメンバーの引っ越しを手伝うことを約束しており、メンバーからは12時13分頃に「遅くなりそうです」、12時37分頃に「着いた!」といったメッセージを送ったが、これらにも既読がつくことはなかった。

 LINEグループに最後のメッセージを送った直後の午前1時頃、Iは婚約者へ電話を架ける。Iは「助けて、警察呼んで」と強い口調で話した。何やら事件に遭った様子である。心配した婚約者が場所を尋ねると、Iは何か答えたようだがよく聞こえなかった。そして電話は切れてしまう。婚約者が折返しかけるも不通だった。

 1時3分頃、婚約者が警察へ通報。5月6日より公開捜査が開始されたが、Iの行方を掴むことはできなかった。

【遺体発見】
 Iが行方不明になってから3週間が過ぎた5月28日の午後16時過ぎ、厚別区上野幌にある公園「東部緑地」にて、犬の散歩をしていた女性が死体を発見する。かなり腐乱が進んでいたものの、司法解剖の結果、Iであることが特定された。目立った外傷は無かったとのこと。すなわちIは抵抗する間もなく殺害された可能性がある。しかし死因を特定することはできなかった。

 遺体は下着だけの姿で、靴下は片方のみ履いていて靴は両足とも無し。大量の落ち葉で覆い隠されており、容易に見つからないようにされていた。Iは突発的に家を飛び出したためサイフは家に置いており、持ち物はスマホと家の鍵くらい。そのスマホは奪われていた。指輪やブレスレットなど装飾品には手がつけられていない。

【捜査】
 遺体発見現場の東部緑地は被害者の住むマンションから南へ約700メートルほど。道警は通報直後から5月22日までに東部緑地を4回も捜索していたというが、遺体を発見できなかった。この点について22日以降に犯人が現場に死体を遺棄したとする推理もあるが、遺体やその周囲の土や草の状態から考えて、道警は事件直後か遅くとも2~3日以内には遺棄されたと判断しているようだ。

 遺棄された場所は遊歩道から外れて結構な斜面を降りたところにある。しかも遺体は落ち葉等で埋めるようにして巧妙に隠されていた。落ち葉が強風で飛ばされて遺体の背中の一部が露出されたことで偶然に発見されたのであって、場合によってはもっと発見が遅れていても不思議ではなかった。それくらい見つかりにくい場所らしい。

 警察犬による捜査は5月6日から行われていた。報道によれば、緑地の北側で追跡をやめたという。その周辺で被害者が車に乗せられたとも考えられる。しかし行方不明になってから警察犬導入までタイムラグがあり、この間の天気が影響した可能性もある。被害者の足取りはハッキリしていない。

 被害者の住むマンションから約150メートルほどのところにあるコンビニの防犯カメラには、被害者の姿が映っていた。映った時間帯についていくつか報道があるが、どうやら0時50分頃、つまり婚約者に電話をかける「前」というのが正確なようだ。なお、そのコンビニは0時閉店である。この時間帯に出入りした車も映っていた模様。加えて1時10分頃にはIを探している婚約者の姿も映ったとされる。

 被害者ケータイの電波に関しては情報が錯綜している。まず、被害者から婚約者への最後の電話の送信基地局について。いくつかの情報があるが、どうも東部緑地方面らしく、少なくとも婚約者が電話を受けた受信基地局とは異なるものだったようだ。これで婚約者による自作自演説は否定された。また、ケータイ自体の発する微弱電波が途絶えた地点も情報が複数あるが、自宅周辺というのはおおよそ共通している。そこでGPS機能は切られていて、それ以上追うことはできなかった。

【DNAの一致した男】
 2014年夏頃、札幌市清田区に住む男性N(当時33歳)が捜査線上に浮上した。Nは2014年5月に埼玉県内で事件を起こして逮捕された際にDNAを採取され、Iの殺害現場や遺体の所持品から検出されていたDNAと一致したのだった。また、現場周辺の防犯カメラにはNの自家用車に似た車の一部が映っていたという。

 Nは、Iが行方不明になったGWが明けた後に勤務先に「旅行に出たい」と申し出て長期休暇を取っていた。その休暇中に埼玉県さいたま市緑区内で逮捕されている。容疑の一つは住居侵入罪。窃盗目的で緑区の住宅に侵入したというもの。この件は処分保留となったが、直後に薬事法違反容疑で再逮捕された。

 薬事法(2014年11月より医薬品医療機器等法)違反に関しては、「MN-18」という脱法ドラッグ(2014年7月より危険ドラッグと呼ばれる)を所持していた容疑である。2014年4月から指定薬物の単純所持が罰せられるようになり、Nは埼玉県内では初の摘発者であったという。Nは「都内のハーブ店でハーブを買ったらおまけで付いてきた」などと供述した。この件の最終処分は明らかになっていないが、9月には北海道に戻ったらしい。

【逃走、そして自殺】
 9月23日、道警は札幌市清田区にあるN宅の家宅捜索に向かう。N宅はIの遺体発見現場から約3キロ。しかしNに任意同行を求めようとしていたところ、事態を察知したNは車で逃走してしまう。

 その後、車は小樽港フェリーターミナル駐車場に乗り捨てられているのを発見。N自身の行方は掴めず。報道によれば、乗り捨てられた車からはIの着ていたコートと同じボタンが見つかったという。なお、家宅捜索も継続されたが、そちらで決定的な証拠が見つかったという報道は無いようである。

 2014年10月6日午前10時半頃、北海道仁木町にて、橋の欄干で首をつって死んでいるNが発見された。現場はN宅から約60キロ。外傷等はなく自殺とみられる。遺書の類は見つかっていない。

 重要参考人の逃走を許し自殺させてしまったことについて警察の不手際とする批判の声は多かった。道警は記者会見を開かなかったが、遺族に対して容疑者を逮捕できなかったことを謝罪するコメントを出している。

【結末】
 2015年1月23日、Nを容疑者死亡のまま殺人・死体遺棄容疑で書類送検。3月27日、不起訴処分。IとNは面識が無かったとされ、計画性の無い突発的な犯行だったと考えられている。しかし全ての真相が明らかになることがないまま事件はクローズした。

【その後】
 Iが行方不明になった当初真っ先に疑われたのは婚約者の男性である。警察の厳しい追求を受けて彼の疑いは晴れたものの、婚約者を失い、しかもその犯人として扱われた心の傷は簡単に癒えるものではないだろう。

 Iとは事件のあった翌月に結婚する予定だった。些細な口論からの家出は事件以前から何度かあったようだが、あの日に限って事件に巻き込まれることになるとは…。
 
 事件後、婚約者は同居していたマンションを去って実家へ戻ったといわれている。

【出典】
 産経新聞2014年5月6日「婚約者と口論…自宅出たまま不明 札幌の25歳女性、直後に一度連絡」
 朝日新聞2014年5月7日「札幌の25歳女性が行方不明 婚約者に「警察呼んで」」
 朝日新聞2014年5月8日「婚約者に「助けて」、直後に電話切れる 札幌の女性不明」
 北海道新聞2014年5月11日「札幌の女性不明1週間 手掛かりなく 厚別署、捜索範囲を拡大

 毎日新聞2014年5月28日「脱法ドラッグ:単純所持容疑、県内で初摘発/埼玉」
 日本経済新聞2014年5月28日「札幌の緑地に女性遺体 不明の養護施設職員か」
 日本経済新聞2014年5月29日「札幌の緑地に女性遺体 道警、遺棄事件として捜査」
 日本経済新聞2014年5月29日「現場検証し遺留品捜査 札幌の死体遺棄事件
 朝日新聞2014年5月29日「札幌・厚別の緑地に変死体 行方不明女性との関連捜査」
 朝日新聞2014年5月29日「札幌の女性遺体、ほぼ全身覆う大量の落ち葉 隠す狙いか」
 朝日新聞2014年5月29日「札幌の遺体、不明の25歳女性と確認 殺人容疑で捜査」
 日本経済新聞2014年5月30日「遺体に指輪・ブレスレット 札幌の遺棄事件、別の場所で殺害か
 日本経済新聞2014年5月30日「遺体は25歳不明女性 札幌の緑地で発見、殺人で捜査本部
 毎日新聞2014年5月30日「<札幌女性殺害>指輪などつけたまま スマホ見つからず」
 時事通信2014年5月30日「女性遺体、隠蔽か=枯れ葉で埋めた痕跡ー北海道」
 北海道新聞2014年5月30日「「無事で」祈り届かず、友人ら「悔しい」札幌・厚別の遺体、Iさんと確認
 日本経済新聞2014年5月31日「襲撃現場は緑地周辺か 札幌の女性殺害遺棄事件」
 日本経済新聞2014年5月31日「不明直後、スマホの電波途絶える 札幌の女性殺害・遺棄」
 日本経済新聞2014年5月31日「札幌の女性遺棄 不明直後に殺害か」
 読売新聞2014年5月31日「抵抗する間もなく短時間で殺害か…札幌女性遺体」
 読売新聞2014年5月31日「失踪直後、付近で殺害か 遺体運んだ跡なし 厚別女性遺棄=北海道」
 読売新聞2014年6月1日「自宅200メートル 足取り途絶え 厚別女性遺体 警察犬捜索で=北海道」
 東京新聞2014年10月6日「北海道、女性遺棄の参考人自殺か 橋の下で発見、33歳男性」
 北海道新聞2014年10月6日「男性、聴取逃れ自殺か 札幌・厚別区の女性殺害事件、事情知る?
 フジテレビ系(FNN)2014年10月7日「札幌女性殺害 死亡男性、「危険ドラッグ所有」容疑で5月に逮捕」
 TBS系(JNN)2014年10月7日「25歳女性遺棄事件、自殺の参考人はDNA捜査で浮上」
 読売新聞2015年1月22日「自殺の男関与か 書類送検へ 札幌女性遺体 殺人・遺棄容疑で」
 毎日新聞2015年1月23日「女性殺害:自殺の男を書類送検 北海道警、捜査終結」
 読売新聞2015年1月24日「厚別女性遺体 自殺の男 書類送検 窒息させ殺害遺棄容疑=北海道」
 読売新聞2015年1月24日「「Iさん 一生忘れない」 自殺の男書類送検 親友ら 真相分からず落胆=北海道」
 北海道新聞2015年1月27日「自殺の容疑者を書類送検 札幌・厚別区の女性殺害・死体遺棄」
 読売新聞2015年3月28日「厚別女性殺害 男不起訴=北海道」