2007年9月18日午前4時頃、京都府京田辺市の住宅内にて、当時16歳の少女Xが、就寝中の父親を手斧で切りつけて殺害した。

 午前4時40分頃、母親が警察に「夫が首を切って自殺した」と通報。警察官が駆けつけると、服に返り血を浴びて放心状態でいる少女を発見。少女Xは自分が父親を殺害したことを認め、殺人容疑で緊急逮捕された。

【父親を殺した少女】
 殺害された父親は当時45歳。京都府警南署の巡査長だった。2階寝室で就寝中に襲われ、抵抗することもできずに即死したとみられる。

 凶器となった刃渡り約11センチの手斧は、Xが事件5日前にホームセンターで購入したもの。この手斧を真上から力任せに首のあたりを狙って数回振り下ろした。凶器に手斧を選んだ理由について、「ギロチンにして処刑してやろうと思った」としてXの趣味嗜好をクローズアップするような報道がある一方で、「力の差があるから、一撃で殺すために斧を選んだ」と述べたとする報道もある。「17歳までには殺したかった」、「自分の力が強くなるまで待った」とも述べたという。

 Xは犯行前にパジャマから黒のワンピース(ゴスロリ、ゴシックロリータ風のもの)に着替えていた。「返り血を目立たせないために」と報道されているが、筆者としては単なるXにとっての勝負服のようなものだと考える。後述するが、Xは犯行後に家族に殺害を告白しており、犯行を隠蔽するような行動はしていない。

【家族】 
 Xは殺害動機として「父親の女性関係が嫌だった、この世からいなくなればいいと思った」と述べている。厳しい躾をする一方で女性問題のあった父親を、潔癖な少女は許すことができなかった。Xは中学を卒業後に美術系の専門学校に通い出したが、進学にあたっては当然父親の許諾を得る必要があり、そのことがXにとって特に屈辱的だったともされる。Xは母親から相談を受けて父の女性問題を知ったようであり、Xと母親はとても仲が良かったとされているから、悲しむ母親に代わって自らが鉄槌を下したという分析もできるだろう。

 Xが父親を殺害した時点で母親と姉は自室で就寝中。殺害後にXは2人を起こしにいった。しかし母親は警察に対して「夫が自殺した」と通報している。寝起きで状況がよく飲み込めなかったのか。Xが殺害などするはずがないと思ったか。それとも全てを悟った上でXを庇おうとしたのか。

 家族内での殺人事件は、加害者か被害者どちらか一方が「浮いた」人物であることが大半だ。しかしXはホラー好きとかゴスロリ趣味など報道されているが、日常生活に問題があったような報道は無い。この年代の少女としては特に異端な趣味とは思えない。通いたかった専門学校に進み、友人もいた。母や姉とも仲がよかった。

 家族の中で浮いていたのはむしろ父親の方ではなかったか。府警は父親について「まじめで周囲からの信頼も厚い人物」とコメントしている。しかしそんな人物が家庭内でも同じように慕われていたとは必ずしも限らない。

【少女の処分】
 2007年10月5日、京都地検は殺人の非行事実で京都家裁に送致した。「計画的で残虐な犯行で、結果も重大」として刑事処分相当の意見をつけた。家裁は同日中に観護措置を決定。Xを少年鑑別所に収容した。Xは事件直後は「母と姉に申し訳ない」とだけ述べ、父親に対して謝罪は無かったが、この頃には父親への謝罪も口にするようになっていたという。ただし父親への謝罪については、「泣きながら述べた」とあったり、「淡々と口にした」とあったり、報道会社によってニュアンスが異なっている。

 2007年10月18日、京都家裁にて第1回少年審判。Xの精神鑑定を行うことを決定。2008年1月23日、京都家裁はXを中等少年院送致とする保護処分を決定。家族の処罰感情を考慮した上で、重大な結果から長期の更生が必要と述べた。

【事件の影響~School Days~】
 事件翌日の9月19日、tvk(テレビ神奈川)にて午前2時から放送予定だったアニメ「School Days」の第12話(最終回)が急遽放送中止になった。放送中止の理由は明らかにされていないが、本事件の影響と見做されている。事件発生から24時間が経たないうちの決断だった。以後、チバテレなど地上波全局で放送中止。そのまま打ち切りとなった。

 tvkが代わりに放送したのは、ヨーロッパ各地を巡る環境映像だった。映像中でフェリーが登場するシーンが海外の画像掲示板4chanに転載され、それに対して付けられたキャプションが「Nice boat.」の一言。そのシュールすぎるコメントが日本人に受け、逆輸入のような形でたちまちネットスラングとなった。ネットスラングとしてのNice boat.は、文脈によって様々な意味をもつが、一般的には不適切な内容(特に猟奇的な内容)それ自体を指す、あるいはそうした不適切な内容を伏せる際の一言、として用いられることが多い。

 第12話は、本事件とはあまり関係しない内容なのだが、ショッキングな刺殺シーンがある。また明確な描写こそされないが、遺体を解体したことを伺わせる内容を含む。特に原作ゲームを未プレイの視聴者からは「本事件の発生に関わらず、これは地上波で放送できる内容ではない」という意見が出るくらいに強烈な内容ではある。

【事件の影響~ひぐらしのなく頃に 解~】 
 東海テレビは、9月21日の午前3時(20日の27時)に放送予定だったアニメ「ひぐらしのなく頃に 解」12話の放送を中止して、そのまま打ち切った。放送中止の理由は明確になっていないが、やはり本事件が影響したと考えられている。

 「ひぐらし解」はKBS京都でも放送されていたが、9月22日の午前2時(21日の26時)の放送を休止。これについてKBSは「事件と番組の関連があるかどうかは不明ですが、少女が凶器を持っている場面などがあり、地元京都の事件であることなどから、番組を不快に思われる視聴者の方がおられる可能性があることを考慮して判断させていただきました」とホームページに記している。ただし翌週からは放送を再開している。

 School Daysとは異なり、ひぐらし解は東海テレビとテレビ埼玉以外は最終回(24話)まで放送した。Nice boat.で話題になったtvkも放送を継続している。

 ひぐらし解、及び前作の「ひぐらしのなく頃に」は、少女が「鉈で」大人を殺害するシーンがあり、他にもショッキングなシーンを多数含む。本事件発生直後から、「ひぐらし」が本事件に影響したのではと連想した人は多かった。しかし、マスコミ報道が加熱し、「ひぐらし」という作品そのものへの偏見に満ちた批判が始まると、報道に対する抗議の声が強まった。

【凶行の原因は】
 少女Xを凶行に駆り立てたのは何か。趣味であるホラー作品や、ゴシックロリータの世界観が、殺害「方法」にインスピレーションを与えた可能性はある。しかし本事件は決して快楽殺人の類ではない。Xは特段問題の無い社会生活を送れていたのだ。それでも事件は起こってしまった。

 原因は家族にあった。家裁は本事件を重大事案と評価し、原則は検察官に送致すべきと述べる一方で、両親の問題点を指摘して、逆送致を回避している。すなわち、父親は他の女性とのやり取りをパソコンで容易に見られる状態にしており、母親は父親の女性問題を思春期を迎えているXに繰り返し相談するなどしていたのである。これはXの性格や心情を考慮していない不適切な対応であり、Xの抑うつ症状は強まっていき、そして追い詰められて事件を起こした…ということだ。

 ショッキングな作品に対する規制よりも先に、まず家族間のコミュニケーションについて再考すべきではないだろうか。

【出典】
 読売新聞2007年9月18日「16歳娘が父の警官を殺害、父の交友関係で悩み? 京都」
 朝日新聞2007年9月18日「16歳の娘、斧で警察官の父を殺害容疑 「嫌いだった」」

 読売新聞2007年9月19日「直前に黒服に着替え、執拗に首を…手おのは1週間前に購入」
 朝日新聞2007年9月19日「斧事前に自ら購入 次女「父の行動許せぬ」京都・警官殺害【大阪】」
 アニメSchool Days公式サイト2007年9月19日「「Schoold Days」12話放送休止に関して
 MSN毎日インタラクティブ「School Days:京都の父殺害事件で最終回の放送見送る 女子高生の暴力シーンを考慮
 KBS京都2007年9月21日「<おことわり>「ひぐらしのなく頃に解」放送休止について
 京都新聞2007年9月22日「おの登場のアニメ番組中止 KBS、京田辺事件で」
 KBS京都2007年9月26日「<おことわり>「ひぐらしのなく頃に解」放送再開について
 朝日新聞2007年10月5日「「殺意、小学時代から」次女を家裁に送致 京田辺、父親殺害【大阪】」
 共同通信2007年10月5日「警官殺害の二女を家裁送致 京都、謝罪の言葉も」
 毎日新聞2007年10月18日「京都父親殺害:少女の「心理鑑定」実施へ 京都家裁審判」
 時事通信2008年1月23日「二女を少年院送致=「犯行時、抑うつ症状」-警官の父殺害・京都家裁」
 朝日新聞2008年1月24日「父殺害の17歳、少年院送致「両親の対応、次女の心無視」京都家裁【大阪】」
 朝日新聞2008年2月7日「斧殺害事件、処分確定 京都家裁【大阪】」