1988年3月18日、愛知県名古屋市中川区富田町のアパートの一室にて、当時27歳の女性が何者かによって殺害された。被害女性は臨月の妊婦であり、遺体の腹が切り開かれ、中から胎児が取り出されていた。その上、切り開かれた腹には電話器とミッキーマウスのキーホルダーが付いた車の鍵が詰め込まれるという極めて猟奇的な殺人事件であった。

 犯人が特定されないまま2003年に公訴時効成立。その不可思議な猟奇性が注目を集め、日本の未解決殺人事件の中では知名度が高い。

【出産間近の妊婦が】
 1988年3月18日(金曜日)の朝、被害者の夫(当時31歳)が出勤するため家を出る。被害女性は本来13日が出産予定日だったため、心配した夫は仕事の合間に家に電話をかけるようにしていて、昼過ぎに電話した際は問題無く連絡がとれた。しかし退社する直前、午後18時50分頃に電話をかけた際は何度コールしても誰も出なかった。

 午後19時40分頃に夫が帰宅。自宅はアパートの2階。普段は施錠してある玄関が開いていた。部屋に入ると中は真っ暗。「妻は出かけているのだろうか」と考えた夫は、ひとまず寝室で着替えをすることにした。すると居間から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 「まさか」と思い、居間の照明をつけると妻はそこにいた。しかしそれは異常な姿だった。両手は後ろに縛られ、首にはコタツのコードが巻かれている。辺りは血まみれで、足元では産まれたばかりの赤ん坊が泣いているではないか。

 あまりの状態でそのときすぐには気づかなかったが、赤ん坊は自然に出産したのではなく、腹部を切り裂かれて子宮から取り出されていたのだった。

 夫はすぐに救急車を呼ぼうとするが、いつもの場所に電話機が無い。そこで部屋を出て一つ下の階に降りて電話を借りた。119番通報は19時43分頃。

 赤ん坊(男の子)は臍帯が切られていたものの、被害者の腹を切って取り出される際に一緒に切りつけられたのか刃物による外傷があり、さらに体外で放置されていたことにより低体温で貧血状態だった。しかし迅速かつ的確な処置でなんとか一命を取り留めた。正しく奇跡的な生還であった。赤ん坊は4月2日に無事に退院している。

【不可思議な遺体】
 殺人事件として捜査が開始されると、かつてないほど猟奇的に殺害された遺体の状態が明らかになった。

 死因は首を絞められたことによる窒息死で、腹は死後に切り開かれていたことが判明した。衣服は青のマタニティドレスにピンクのジャンパー、黒いパンスト。上述のとおり、首にはコタツのコードが巻かれ、両手も白い紐のようなもので縛られた状態。性的暴行の形跡は無し。胃の内容物等から午後15時過ぎに殺害されたと推定。

 胎児の取り出された腹部(子宮)は、縦一文字38センチで深さ2.8センチに切り裂かれていた。使われた刃物は見つかっていないが、カッターナイフのようなものと思われる。それによって胎児にも切り傷がついた。

 そして切り開かれた腹部には、プッシュホン式の電話機と、ミッキーマウスのキーホルダーが付いた車の鍵が無造作に詰め込まれていた。夫が通報しようとした際に見つからなかった電話機はここにあったのだ。普段の置き場所からはコードが引きちぎられていたという。

 また、被害者の財布が失くなっており、犯人が盗んだとみられる。しかしそれ以外の金品には手をつけられていなかったとされる。

【犯人は】
 まず、第一に疑われたのは夫である。電話に誰も出ない、鍵が開いているのに室内は電気がついていないという状態であったにも関わらず、居間で妻を探すことなく寝室で着替えていたからという理由だ。しかし直前まで会社内でデスクワークをしていた夫は、妻の死亡推定時刻の15時前後も当然会社におり、完全なアリバイがあった。

 妻は家庭用品販売のサイドビジネスをしていた。事件当日の午後13時50分頃に、近所の主婦が子どもを連れて被害者宅を訪れている。その主婦は被害者から脱臭剤を購入したとのこと。そして家を出たのは15時頃。そのとき被害者は鍵をかけずに1階の駐車場まで見送りに来たという。

 主婦は手土産にイチゴを持ってきて被害者と一緒に食べていたが、遺体発見時にはイチゴを食べた食器がまだテーブルに残されていた。これはつまり、鍵をかけずに家を出たこの時に不審者が侵入し、戻ってきた被害者が食器を片付ける間もなく殺害した可能性を示している。

 なお、脱臭剤の購入代金は上述のとおり財布ごと奪われている。しかし他の金品に手をつけられていなかったのであれば、単なる強盗目的とは考え難い。サイドビジネスでのトラブルか?あるいは夫に対する怨恨という線も考えられる。

【不審な男】
 階下の主婦は、事件当日の午後15時10分~20分頃に玄関のドアノブをガチャガチャと回された。さらにチャイムを鳴らされたために出てみると、「ナカムラさんのところを知りませんか?」と30歳ぐらいのサラリーマン風の男が尋ねてきた。不審に思った主婦は「知りません」と言ってすぐにドアを閉めた。

 この男は近所で他にも目撃証言があった。目撃された時間帯は被害者が殺害されたとみられる時間と近い。なお、被害者の名字は「ナカムラ」ではない。この不審な男の行動は、無施錠の家を狙った空き巣か、若しくは無差別に殺人のターゲットを探していたように思え、この男が本事件の犯人だとしたら被害者又は夫とは全く接点が無かったかもしれない。

【推理】
 被害者の死因は絞殺による窒息死とされるから、そのまま放置していれば酸素の送られなくなった胎児は死亡する。そこで胎児を生きたまま取り出すためには、スピーディに切開を行わなくてはならない。結果的に赤ん坊が無事に生存したことで、犯人は胎児を取り出すことのできる医学的知識のある者とする推理がなされている。

 ただし、犯人の切り開き方は正しい帝王切開のやり方とは全く異なっていたという。これについては医療関係者が敢えて不自然に切った可能性もあるし、時間に追われていたとも考えられる。医学的に正しい切開方法ではなかったかもしれないが、いずれにせよ胎児を生きたまま取り出すことが出来るほどの手際の良さがあったのは確かだ。

 しかし何故このようなことをしたのか。被害者を絞殺するだけでは足りなかったのか。傷の深さを考えれば単なる切りつけではなく、腹部(子宮)を切開しようとする明確な意図があったのは間違いない。しかし理由が分からない。何かしらの性癖があったという可能性も有り得る。

 詰め込まれた電話機と車の鍵もよく分からない。電話も車も外部との連絡手段だ。通報を遅らせようとする意図があったのだろうか。もしそうであれば持ち去ることもできただろう。腹部を切り開いた刃物は持ち去っているのだから。ひょっとしたら単なるイタズラで遊び感覚なのかもしれない。とすると少年犯罪の線も浮かんでくる。しかし幼稚な犯行動機は少年だけに見られるものでもない。「少年犯罪も有り得る」ということで、犯人像が広がるだけである。

 犯人は土足で被害者宅にあがっている。靴のサイズは25センチとのこと。成人男性にしては少し小さい感じもするが、全く有り得ないサイズというわけではない。同時に少年でも有り得るサイズだ。もちろん女性でもおかしくはない。

 指紋等はきれいに拭き取られ、台所には血を洗い流した跡があった。このあたりは周到である。

【その後】
 一命を取り留めた男の子はその後も無事に成長した。しかし世間の好奇の目に晒され続けることに嫌気がさした夫は、後に息子を連れて家族でハワイへ移住することを選んだ。息子には母親がいない本当の理由は伝えられていないという。

【出典】
 読売新聞1988年3月19日「臨月の主婦、惨殺される 名古屋 自宅で手縛られ 赤ちゃんは体外で生存」
 朝日新聞1988年3月19日「臨月の女性惨殺 赤ちゃん足元で無事 名古屋」
 朝日新聞1988年3月19日「名古屋の若妻殺し、首にもコード」
 読売新聞1988年3月20日「主婦惨殺 絞殺の後に凶行 赤ちゃんは元気を回復/名古屋市」
 朝日新聞1988年3月20日「若妻殺し 幸運重なり赤ちゃんは無事 成長十分、的確な処置」
 読売新聞1988年3月21日「変質者の線濃厚に 臨月の主婦惨殺/名古屋市中川区」
 朝日新聞1988年3月21日「「ヘソの緒」は切られていた 名古屋の妊婦殺人」
 朝日新聞1988年3月22日「腹の中に電話機入れる 名古屋の妊婦殺人」
 読売新聞1988年4月3日「ママの分まで生きて 妊婦殺人事件 "奇跡の赤ちゃん"パパに抱かれ元気に退院」
 朝日新聞1988年4月3日「天国の母よ見守って 赤ちゃん、元気に退院 名古屋の妊婦殺人」
 読売新聞2003年2月6日「名古屋・中川の妊婦殺害、来月18日に時効 県警、「丸顔の男」必死で捜査」

 朝日新聞2003年3月2日「遺族「時効なければ」絞れぬ犯人像 名古屋の妊婦殺人【名古屋】」
 読売新聞2003年3月18日「88年名古屋の妊婦殺人事件、時効が成立」

 朝日新聞2003年3月18日「妊婦殺害事件が時効 名古屋・中川区【名古屋】」