2001年9月1日午前1時頃、東京都新宿区歌舞伎町のある雑居ビル「明星56ビル」で火災が発生。44人が死亡、3人が負傷という大惨事となった。出火原因は特定されていないが、放火の可能性が指摘されている。

【深夜の通報】
 事件当日の午前1時前「ビルの3階から人が落ちた」との119番通報がある。

 明星56ビルの3階は麻雀店「一休」で、店長が最初に煙のにおいに気づき、店の出入口を見たところ黒い煙が入りこんでいた。慌てて店の扉を開けて確認しようとすると、店の外では既に火災が発生しており、バックドラフトが引き起こされた。

 店長はバケツで消火しようとするも、火の勢いは強くもはや消火不可能。止む無く道路側の窓から外に飛び降りた。「ビルの3階から人が落ちた」という最初の119番通報は、この店長の脱出劇を目撃した4階キャバクラ店「スーパールーズ」の店員によるものであった。つまり、4階のキャバクラでは最初の通報時点で火災の発生には気づいていなかったと思われる。

 直後、「火災が発生した」と改めて119番通報。やはりこれも4階キャバクラ店から。そのころ3階麻雀店では、更に店員2人が道路と反対側の窓(店の厨房の小窓)から屋根伝いに脱出していた。

【惨状】
 消防車が大量に駆けつけるも、消火には時間がかかり、火が消し止められたのは午前5時半過ぎ。3階と4階の計160m^2を消失。3階麻雀店で19名、4階キャバクラ店は店にいた28名全員、計44名が亡くなった。44名全員が急性の一酸化炭素中毒である。結局、3階と4階で避難できたのは最初に脱出した麻雀店店員3名だけだった。

 なお、ビルの1階はナイタイによる風俗案内所があって、5階はその事務所だったが5階の方は事件当時は誰もいなかった。地下1階のゲーム店も営業時間外で不在。2階と地下2階はクラブで、特に地下2階は従業員と客併せて30名がいたものの、全員が無事に避難している。結果として、死者と負傷者は3階と4階のみとなった。

【雑居ビルの防火管理】
 明星56ビルは地下2階、地上5階建てのビル。この手の雑居ビル火災ではお決まりだが、防火管理に不備があった。まず、火災報知器は設置されていたものの、誤作動が多かったらしく電源が切られていた。しかも4階では内装材で火災報知器ごと覆い隠してしまっていた。これにより火災発生に気づいた時にはほとんど手遅れ状態だった。

 ビルには非常階段が無いため避難はしごを備えることになっていたが、それを守っていたのは4階だけで、3階にはしごは無かった。そのため、麻雀店の従業員たちは飛び降りて脱出するしかなかったのである。エレベーターを除くとあとは階段が1つあるのみだが、ここも多くの荷物が置かれていて狭く、防火扉が閉まらなくなっていた。特にこのことが被害を大きくしたと指摘される。3階から4階へ続く階段は最早通行不可能なほどで、こうして4階にいた人は全員が死亡してしまったわけだ。

  また、麻雀店の店員3名は避難誘導を行わなかった。一番最初に脱出した店長は、飛び降り脱出後に「まだお客さんが中にいる」と戻ろうとしたところを通行人に止められたという情報もあるが…。

 1999年の消防庁の査察の際には、防火管理者が置かれていないこと、避難誘導訓練を行っていなかったなど9項目について指摘されていた。提出が義務付けられた消防計画も届け出がなかったという。これらは事件に至るまでほとんど改善されていなかった。ビルの所有会社、不動産のリース会社、店舗経営者という3重の構造があり、ビルの所有者も途中で替わるなどしており、管理責任体制が曖昧になっていたようだ。

【裁判】
 刑事訴訟では、2008年7月に東京地裁で、ビル所有会社役員、社長、麻雀店の経営者、店長、キャバクラ店経営者、計5人に業務上過失致死傷罪による執行猶予付きの有罪判決が出された。なお、麻雀店の関係者1名については無罪となっている。

 この判決により、上記のとおり複雑な権利関係となっている雑居ビルでの火災において、誰が責任を負うことになるのかが判示されることになった。また、仮に出火原因が放火であったとしても管理者の責任が消滅しないことが示された点は重要である。

 民事訴訟では、被害者遺族がビル所有会社らを相手取って訴訟を起こしていたが、2007年3月に約8億6千万を支払うことで和解が成立。

【現場ビルのその後】
 事件後使用禁止になっていたが、民事訴訟で概ね和解の目処がたった2006年5月に保全命令が解かれて取り壊され、2020年現在では別の低層なビルとなっている。

【放火の可能性】
 本事件の火元は3階階段踊り場にあるガスメーターボックス近くと特定されている。そのガスメーター本体はガス管から外れていた。火によって配管の継手が溶け出して外れたとも考えられたが、警視庁としては何者かが意図的に外した可能性が高いと考えているようである。すなわち放火。

 麻雀で負けが込んで…というのは有り得なくはない話だ。しかし放火だと考えても、灯油やガソリン等を撒いた痕跡は見つかっておらず、どのようにして火をつけたのかはよく分かっていない。

 不確定な情報としては、麻雀店オーナーに恨みがあった人物、出火時刻前後にビルを立ち去った不審人物、飛び降りて脱出した人物がもう一人、あるいは二人いた、それは中国人だった、等があるが捜査の進展はない。

 2009年11月には静岡県浜松市で麻雀店の火災事件が発生。男性客4名が死亡した。放火の可能性が高いと考えられているが、こちらも未解決事件となっている。

【防災の日に】
 本事件を受けて、2002年10月に消防法が大幅に改正された。自動火災報知機の設置義務対象の拡大、立入検査で違反があった際の是正徹底、罰則の強化等である。

 9月1日は防災の日であり、なんとも皮肉な事件だった。