1996年9月9日午後16時半頃、東京都葛飾区柴又3丁目にある2階建ての民家から出火。同16時39分頃に隣家から119番通報。火はようやく18時半頃に消し止められたが、民家は全焼した。

 その後消防の調査が入ると、2階の6畳間から、この家に住む小林順子さん(21歳、大学4年生)の遺体を発見。遺体は布団に巻かれ、口と手は布粘着テープ、足はストッキングで縛られた状態であり、しかも肺からはすすが発見されず、何者かに殺害された後に放火されたことが判明する。しかし、2020現在も犯人は特定できておらず、未解決事件となっている。

【留学を目前にして】
 司法解剖の結果、死因は首からの失血死とされた。首の傷は複数あり、かなり深い傷もあった。凶器は刃渡り8センチ以上、刃幅約3センチで、例えば果物ナイフやペティナイフのようなものと考えられている。小林さん宅にあった刃物とは傷口が一致せず、犯人が用意して持ち込んだものと思われるが、現場からは見つかっておらず、しっかりと持ち去ったようだ。遺体に乱暴された形跡はなかったようだが、激しく抵抗したと見られ、両手にも刃物でできる傷が複数あった。

 口と手を縛った布粘着テープは、当初は2日後に米国へ留学する予定だった順子さんの荷造りに使ったテープと見られていたが、後にそれとは別の種類のものと判明した。つまり、これも犯人が持ち込んだと考えられるが、製造工場こそ特定できているものの、全国的に流通している品であり、それ以上追跡するのは困難だった。だが、注目すべきはテープの粘着面に植物片・木片・犬の毛が付着していたことである。植物片と木片はともかくとして、被害者宅では犬を飼ったことがなく、犯人の重要な手がかりとなる可能性がある。

 足を縛ったストッキングはからげ結び、あるいはかがり結びと呼ばれる特殊な縛り方をされていた。これは造園、足場組立、電気工事、土木、古紙回収、または和服着付けに用いられるという。確かに特殊な縛り方であり、センセーショナルに報道されているが、実際は上記のとおり様々な分野に用いられているようで、筆者としてはこれを手がかりに犯人を絞り込むのは難しいと思う。

【現場の状況】
 順子さんは両親と姉との4人暮らし。布団に巻かれた遺体は2階の3部屋のうち、一番道路側の部屋で発見されている。ここは両親の寝室であった。犯人に追われて逃げ込んだのだろうか。また、普段は父親が1階で使用しているスリッパが遺体のあった両親の寝室前に揃えてあったというのも謎の一つだ。犯人が履いて2階に上がったのかもしれない。

 火がつけられたのは1階東側6畳和室の押入れとのことで、更に1階のパソコンにも火がつけられていたという。仏壇にあったマッチを使用したとみられ、マッチ箱は玄関で発見されている。

 預金通帳や、被害者が留学するために準備していたトラベラーズチェックや現金は手つかずだったとされている。しかし、父親が1階居間の戸棚に保管していた旧1万円札1枚だけが見つからないことが後に判明した。1986年まで発行されていた聖徳太子の肖像のものである。犯人が持ち去ったかどうかはハッキリしていない。

【最後の会話から1時間後に】
 事件当日、父親は福島に出張中で、長女は中央区の病院で勤務していた。母親は午後15時50分頃に美容院のパートに出るため、順子さんに声をかける。これが生前最後の会話となった。順子さんがいたため母親は鍵をかけずに出かけたという。その後出火して隣家が通報するまで約50分。その間に順子さんは殺害され、両手足と口を縛られ、布団に巻かれ、放火されたということになる。

 犯人の目的は何か。上記のとおり強盗目的という線は薄そうだ。強盗ではないとしたら次に考えられるのは怨恨。事件数日前に被害者宅前に不審な人物がいた、順子さんが駅前で不審な人物に追われたとする報道もある。しかし、順子さんは成績優秀で性格も明るく、人から恨まれるタイプではなかったらしい。つまり、一方的な怨恨、いわゆるストーカーの線も考えられる。順子さんではなく両親か姉に恨みがあった可能性も排除できない。

【不審な男】
 警察は、犯行時間帯に現場付近で目撃された不審な男に注目している。その男は被害者宅の表札か2階部分周辺をじっと見つめていたという。年齢はハッキリしないとしているが、メディアでは30代後半か40代と伝えている。身長は160センチくらいとのこと。

 事件は9月に起こったが、犯行時間帯は雨が降っており、11月上旬頃の気温で肌寒かった。その不審な男は黄土色っぽい、茶色と黄土色の中間色のような、フードの無いコートを着ていたという。また、雨が降っていたにも関わらず、傘はさしていなかったらしい。

 被害者が抵抗したためか、犯人は出血した模様。1階にあったマッチ箱や遺体を巻いていた布団に付着していた血液はA型で、順子さん、姉、母親もA型だったが、彼女らの血液とはDNA型が一致せず、犯人もまたA型と断定されている。

 ただし、犯人は軍手か何かをしていたようで、指紋は検出されていない。玄関ドアノブからも発見されなかった。マッチ箱には繊維片が付着しており、これが軍手あるいは手袋の一部とみられる。指紋を残さないよう入念に準備していたということだろうか。そうなれば、通りすがりではない計画的な犯行の可能性が高まってくる。

【宙の会】
 2009年、殺人事件被害者遺族の会「宙の会」が結成された。世田谷一家殺害事件で長男一家4人を失った宮沢良行氏が会長となり、本事件被害者の父親である小林賢二氏が代表幹事となった。宮沢氏の死後は小林氏が会長を務めている。宙の会は、殺人罪の公訴時効理由の一つである「時間の経過とともに被害者感情は薄れる」という考えを否定し、公訴時効の廃止を第一の目的として世論に訴えた。

 結成1年後に刑事訴訟法は改正され、殺人・強盗殺人事件の公訴時効は廃止された。本事件もまた公訴時効は完成しなくなった。懸賞金がかけられており、2020年現在も捜査が継続している。

【リンク】
 警視庁による情報提供呼びかけページは以下。
 https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/jiken_jiko/ichiran/ichiran_10/kameari.html

【出典】
 朝日新聞1996年9月10日「焼け跡に女子大生の刺殺体 両手足縛られ 東京・柴又の住宅全焼」
 毎日新聞1996年9月10日「女子大生、殺される 留学直前、手足を縛られーー葛飾・柴又の自宅全焼」
 読売新聞1996年9月10日「女子大生、刺殺される 自宅で手足縛られ あす米留学の矢先/東京・葛飾」
 読売新聞1996年9月11日「東京・柴又の女子大生殺人 傘ささず、走る男 事件当時に目撃証言」
 朝日新聞1996年9月15日「見えぬ動機、絞れぬ犯人像で難航する捜査 東京・柴又の女子大生殺人」
 読売新聞1996年9月15日「まじめな女子学生がなぜ ナゾ深まる順子さん殺害事件 「恨まれる理由」なく」
 読売新聞1996年9月17日「東京・柴又の女子学生殺人放火事件 刃物は犯人が用意?」
 毎日新聞2006年9月7日「上智大生放火殺人:小林さんの両足緊縛、特殊な結び方」
 読売新聞2006年9月17日「上智大生殺害から10年「順子の無念、必ず晴らす」犯人逮捕へ両親執念」
 朝日新聞2014年9月4日「布団にも別人DNA 96年上智大生殺害事件」
 毎日新聞2014年9月4日「上智大生放火殺人:布団に血、玄関と同一型 A型の男、「犯人」と断定」
 朝日新聞2016年9月10日「黄土色コートの男、唯一足取りが不明 上智大生刺殺から20年」