1975年9月21日(日曜日)の昼過ぎ、北海道千歳市に住む千葉弓枝さん(12歳、中学1年生)が突如として姿を消した。

【自転車に乗って】
 弓枝さんは同日朝、父親の富雄さんが建築現場に出かけるのを見送った後、9時半過ぎにクラスメートの家を訪れた。弓枝さんはクラスメートに「虫採りに行こう」と誘ったのだが、「勉強中だから」と断られてしまい、仕方なく一人で遊ぶことにしたらしい。彼女は日頃から近所の雑木林で昆虫採集をしていたそうだ。

 しかし、12時半頃に自宅近くを自転車に乗って走っているのを近所の人が目撃したのを最後に、そのままぷっつりと行方がわからなくなってしまう。

 19時15分頃、富雄さんが警察へ通報。警察が付近を捜索したところ、自宅から450メートルほど離れた地点のパソコン学校前で自転車だけが発見される。カギはしっかりとかかっていた。近所の主婦によれば同日13時頃から停められていたという。また、自宅には虫を採集したカゴが残されていた。すなわち、午前中に虫採りをした弓枝さんは、お昼に一度自宅へ戻り、食事をとるなどしてから再び出かけて姿を消したと考えられる。

【怪電話】
 22日午後17時3分頃、千歳市役所に不審な電話がかかってきた。電話は助役宛で、相手は「昨日2時半に女の子を一人誘拐した。身代金3千万円を要求する。今日7時までに2分の1の1500万円を用意してもらいたい」などと一方的に要求した。さらに「もし用意しないなら、7時半にもう一人やる。いいか、一人1500万円だぞ」などと脅した。

 助役が「誘拐されたのは誰だ」と質すと、相手は「そんなこと知るか。警察に聞け。警察に知らせてもいいぞ」と答え、1分ぐらいで電話を切ってしまったという。

 市役所によれば、同日午後16時20分頃にも「市長を出せ」という不審な電話があった。この時は建設課長が応対したが、電話の相手は「末広新町仲通りの拡張工事を早くしろ」などと要求したとのこと。どちらの電話も30〜40歳くらいの落ち着いた口調の男の声で、警察は同一人物の可能性が濃いとみている。

 しかし不審な電話は結局これきり。身代金を要求しておきながら受け渡し方法など具体的な取引については不明のままであった。電話がかかった時点で警察の捜査は非公開だったが、同日朝には弓枝さんの通う中学校を含む千歳市内の各学校では朝礼の時間に弓枝さんが行方不明になったことが報告され、注意が呼びかけられていたため、市内の人間であれば事件の概要を知っていてもおかしくはない。結局のところ、単なるイタズラだったのかもしれない。

【捜査】
 富雄さんと妻は弓枝さんが1歳の時に離婚している。それから一家は祖母と父と娘の3人暮らしとなり、事件前年に祖母が亡くなってからは父子2人暮らしに変わっていた。とはいえ父子の仲はすこぶる良好で、富雄さんに再婚の話があがったときも弓枝さんは特段拒否反応はなかったという。所持金も少なく、バスや電車に乗った形跡もなし。親類や友人への連絡もなかったため、自発的な失踪というのは考え難い。家出だとしたら腕時計や衣類などが全く手付かずで残されていたのも不可解だ。

 弓枝さんは大人しい性格で、社交的ではなく、見知らぬ人物に付いていくようなことはまず有り得ないとされる。だが、21日午後13時15分頃、弓枝さんの自転車が放置されていた現場近くで、白い乗用車から降りてきた30歳くらいの作業服姿の男が側に立っていた少女に何やら話しかける様子を、車で通りがかった男性会社員が目撃していた。少女の服装の特徴は弓枝さんのそれとよく似ており、警察は本人にまず間違いないとみている。なお、会社員はその後30分以内に同じ場所をさらに2回通っているが、男と少女は既に姿を消していて、弓枝さんの自転車だけが残されていたという。この白い車の男に連れ攫われてしまったという見方が俄然強まる。

 一方で、13時35分頃、同じ場所で、青い車から降りた50歳くらいの男が赤い帽子を被った少女に話しかけているところを、車で通りかかった学校教師がミラー越しに見ている。弓枝さんは赤い帽子を被っていなかったはずだが、それではこの少女は誰なのかというとそれもナゾで、警察は結局白と青2台の車の行方を追うことにしたものの、そのいずれも有力な手掛かりはなく、やがて捜査は打ち切られてしまった。当時の身代金目的誘拐事件の時効は10年だった。

【ナゾの女】
 1975年10月20日付北海道新聞では、弓枝さんの失踪する1ヶ月ほど前に、弓枝さん宅から500メートルほど離れた住宅に不審な女が訪れたことを報じている。35歳くらいのその女は「中学生くらいの女の子と暮らしている千葉さんの家を知らないか」と住人に尋ねたという。だが、富雄さんはこの不審な女に心当たりはない。一体何が目的だったのか。

【19年後の遺体発見】
 1994年7月28日、千歳市中央国道337号から東に約850メートルの雑木林で伐採作業をしていた男性(67歳)が、一部が土の中に埋まった状態の頭がい骨を発見した。頭がい骨は下顎の部分がなかったが、外傷は確認されなかった。

 10月13日、千歳署は当該頭がい骨を千葉弓枝さんのものと断定。警察庁科学警察研究所の鑑定により、1:死後10年以上経過していること、2:親知らずが生えかかっていて年齢12歳前後とみられること、3:弓枝さんの写真と頭がい骨を重ねた復元法では同一人物という結果がでたこと、以上3点と、他に該当し得る人物がいないということからの結論だった。弓枝さんが失踪してから19年が経過していた。

 なお、富雄さんは1989年4月に兵庫県明石市で交通事故死しており、遺体発見の一報を聞くことはできなかった。

【出典】
 朝日新聞1975年9月24日「女子中学生誘かい?千歳市役所に不審な電話」
 北海道新聞1975年9月24日「千歳で女子中生誘拐か 21日昼から行方不明 「三千万円出せ」と怪電話」
 毎日新聞1975年9月24日「千歳市で女子中学生、不明にー3日帰らず」
 読売新聞1975年9月24日「女子中学生が不明 千歳 誘かい?ナゾの電話」
 北海道新聞1975年9月25日「怪電話は無関係?千歳の女子中学生行方不明事件」
 北海道新聞1975年9月28日「弓枝さん事件 不審車の行方を追求 有力手がかりなく一週間」
 北海道新聞1975年10月20日「弓枝さんはどこに 有力手がかりなし 不審車の割り出しに全力」
 北海道新聞1994年8月2日「千歳の雑木林から若い女性の頭がい骨」
 北海道新聞1994年10月13日「千歳で発見の頭がい骨 19年前不明の少女と断定 歯と復元法で一致」
 毎日新聞1994年10月13日「19年前に行方不明の中学生と断定ーー7月に発見の北海道の遺体」