2009年11月17日午前3時半頃、静岡県浜松市中区にある麻雀店「金ちゃん」の従業員から「店が燃えている」と119番通報があった。直ちに消防局が出動し約1時間半後に鎮火されるも、逃げ遅れた3人が焼死し、逃げる際に頭を打った1人が亡くなった。
状況からして放火された可能性が高いとみられているが、未だ真相は判明していない。未解決事件。
【暗闇に吹く熱風】
麻雀店「金ちゃん」は0時に閉店する。しかし、馴染みの客たちはその後も残って従業員と共に卓を囲うのがいつもの光景になっていた。この日も従業員2人を含む8人が店舗2階で麻雀を打っていたところ、午前3時半前に1階勝手口のドアが閉まる音が聞こえた。
最後に客が帰ったのは午前3時前のこと。今さら新規の客が来るはずもない。不審に思った従業員の1人は階段を降りて様子を見に行った。すると…「火事だ!」従業員の悲鳴が店に響き渡る。
従業員は1階窓にかけられたカーテンが激しく燃えているのを見た。直後に店は停電する。2階にいる客たちは暗闇の中でパニックになった。階段を降りて脱出しようにも1階からもうもうと登ってくる黒煙の前では叶わない。
最早焼かれるのを待つだけなのか。その時、暗闇で誰かが叫ぶ。「窓だ!」店の厨房には2階で唯一の窓があった。客たちは手探りでどうにかそこへ辿り着き、窓の格子にぶらさがって1階勝手口のひさしに足をかけ、そこから側に置かれた自動販売機に飛び移った。まさしく決死の脱出劇であった。
しかし、店にいた8人全員が助かったわけではない。男性客A(当時64歳)は2階から逃げようとして頭を打ち、脳挫傷と頭や胸を打ったことによる多発損傷で死亡した。また、男性客B(当時65歳)、男性客C(当時46歳)、男性客D(当時58歳)が逃げ遅れて焼死した。
【出火原因は】
出火直前まで火の気はなく、火の回りがあまりにも早かった。また、科捜研の鑑定により、漏電など電気系統のトラブルによる出火は否定された。そのため、本事件は放火の可能性が高いと見做されている。それでも、放火だと断定することはできておらず、失火を明確に否定する証拠も無い。あくまで"可能性"の範疇である。
1階正面出入り口付近は特に激しく燃えており、火元はこの付近だったと考えられる。1階にはストーブに使うための灯油約18リットルが保管されていて、放火であったとしたら犯人はこれを撒いて火をつけたとみられる。この灯油が使われなかったとしても、この灯油に引火したことで火災の規模が大きくなったのはまず間違いないところだ。
事件約1ヶ月前の10月14日には、店舗付近で古タイヤ4本が燃える不審火があり、店舗の壁面も延焼した。これもまた放火の可能性が高く、捜査本部は関連性を調査しているという。
【不審者と犯人像】
事件直前の午前2時半頃、店舗裏手の駐車場に黒いセダンタイプの車が停まり、男3人が車とマージャン店向かいの飲食店付近を行ったり来たりしているのを見たと近所の住人が証言している。通常は人の往来がない時間帯だけに不審に映る。
3時過ぎに店を出た最後の客によれば、その時に不審な様子は無かったらしい。放火であったとしたら、犯人はその後に侵入し、ごく短時間のうちに火を付けたということになろう。しかも、正面出入り口は0時で施錠されていて、侵入するとしたら勝手口しかない。そこから火元とみられる正面口までは暗闇の中を進んでいく必要があるため、店内を知った常連客でなければ犯行は難しいという見方もある。
だが、麻雀店の性質上、顔や苗字くらいは把握されても、プライベートはあまり話さないため、それ以上の身元が知れ渡ることはほとんどない。常連客にアタリをつけて犯人を追跡するのは不可能と言っていいだろう。
【防火設備】
「金ちゃん」は10月の不審火を受けて、消火器を1階に1本、2階に2本設置していた。また、停電時に備えて懐中電灯も置いていた。しかし、2階から脱出するためのハシゴは無かった。2001年歌舞伎町ビル火災(後述)で火災報知器の設置義務対象が拡大されたが、本店は店舗面積が小さいため対象外であった。また、スプリンクラーの設置義務もなかった。
本事件のような大規模な火災の場合、ほとんどのケースで停電が起こる。逃げ遅れた客は暗闇の中で逃げる経路が分からなかったとみられ、せめて避難誘導灯や非常照明があったら被害を減らせたかもしれない。
被害者Aの遺族は、店の防火設備に不備があったとして、マージャン店店長を相手取り、慰謝料など約5200万円の支払いを求めて提訴している。どのような判決が下されたかは不明。
【現場】
事件の数ヶ月後に更地となり、現在は住宅地の一部となっている。
【他の事件】
歌舞伎町ビル火災(2001年)
44人が死亡した戦後最悪級の火災事件。放火の可能性が高いとされるが、ハッキリと断定はされていない。火元は3階麻雀店前の階段踊り場で、もしも麻雀店が狙われていたとすれば本事件と近いものがある。
【出典】
朝日新聞2009年11月17日「マージャン店火災、4人死亡 浜松、放火の疑いも」
毎日新聞2009年11月17日「火災:マージャン店で未明に出火 4人死亡、3人けが 放火の疑いーー浜松」
毎日新聞2009年11月17日「浜松・マージャン店火災:1階から扉閉まる音、直後出火 煙、停電でパニック」
読売新聞2009年11月17日「マージャン店全焼 4人死亡 放火か、先月も不審火/浜松」
読売新聞2009年11月17日「マージャン店火災 熱風、飛び降り脱出 暗闇の中「死ぬ思い」
朝日新聞2009年11月18日「放火の疑いで捜査本部設置 浜松のマージャン店火災」
朝日新聞2009年11月18日「窓手探り、脱出 生存者 炎と闇、客ら襲う 浜松マージャン店火災で7人死傷」
毎日新聞2009年11月18日「浜松・マージャン店火災:県警、放火容疑で捜査「直前まで火の気なし」」
読売新聞2009年11月18日「マージャン店火災 不審者情報を捜査 3人の男目撃も/静岡・浜松中央署」
読売新聞2009年11月18日「マージャン店火災を放火で捜査 灯油缶に引火か 4人死亡/静岡県警」
読売新聞2009年11月18日「マージャン店火災4人死亡 逃げ道2階の窓だけ=静岡」
朝日新聞2009年11月19日「最後の客、帰宅直後か 男3人、不審な目撃情報も 浜松のマージャン店、出火」
毎日新聞2009年11月19日「浜松・マージャン店火災:直前に男性客、外に 捜査本部、出入り客から話聞く」
読売新聞2009年11月19日「浜松マージャン店火災 「帰る時、異常に気づかず」最後の客話す=静岡」
朝日新聞2009年11月20日「浜松のマージャン店、玄関付近の燃え方激しく 店内で死亡、残る1人も焼死」
朝日新聞2009年11月24日「有力な不審者情報なく 犯人、店内熟知か 浜松マージャン店火災から1週間」
毎日新聞2009年11月24日「浜松・マージャン店火災:きょう1週間 トラブル中心に捜査 放火の可能性」
読売新聞2009年11月24日「マージャン店火災1週間 焼死3人、同じテーブル 野球帽の男、目撃情報」
朝日新聞2009年11月28日「困難極めた身元確認 焼死の3人、独居・親族と離れ 浜松のマージャン店火災」
毎日新聞2009年12月10日「浜松・マージャン店火災:「放火」見方強め 県警鑑定、電気トラブルなく」
朝日新聞2009年12月18日「情報少なく難航 浜松のマージャン店火災1カ月、関係100人聴取」
読売新聞2010年5月17日「マージャン店火災半年 有力情報なく難航 捜査本部 放火断定決めてなし」
朝日新聞2010年5月18日「マージャン店「放火」半年、有力証拠ないまま 情報提供5件のみ 浜松」
朝日新聞2010年5月19日「男性客遺族が提訴、慰謝料など求め 浜松のマージャン店火災」
読売新聞2010年5月19日「マージャン店火災 遺族が元店長提訴=静岡」
読売新聞2019年11月16日「浜松マージャン店火災10年 解決糸口 いまだ見えず=静岡」
状況からして放火された可能性が高いとみられているが、未だ真相は判明していない。未解決事件。
【暗闇に吹く熱風】
麻雀店「金ちゃん」は0時に閉店する。しかし、馴染みの客たちはその後も残って従業員と共に卓を囲うのがいつもの光景になっていた。この日も従業員2人を含む8人が店舗2階で麻雀を打っていたところ、午前3時半前に1階勝手口のドアが閉まる音が聞こえた。
最後に客が帰ったのは午前3時前のこと。今さら新規の客が来るはずもない。不審に思った従業員の1人は階段を降りて様子を見に行った。すると…「火事だ!」従業員の悲鳴が店に響き渡る。
従業員は1階窓にかけられたカーテンが激しく燃えているのを見た。直後に店は停電する。2階にいる客たちは暗闇の中でパニックになった。階段を降りて脱出しようにも1階からもうもうと登ってくる黒煙の前では叶わない。
最早焼かれるのを待つだけなのか。その時、暗闇で誰かが叫ぶ。「窓だ!」店の厨房には2階で唯一の窓があった。客たちは手探りでどうにかそこへ辿り着き、窓の格子にぶらさがって1階勝手口のひさしに足をかけ、そこから側に置かれた自動販売機に飛び移った。まさしく決死の脱出劇であった。
しかし、店にいた8人全員が助かったわけではない。男性客A(当時64歳)は2階から逃げようとして頭を打ち、脳挫傷と頭や胸を打ったことによる多発損傷で死亡した。また、男性客B(当時65歳)、男性客C(当時46歳)、男性客D(当時58歳)が逃げ遅れて焼死した。
【出火原因は】
出火直前まで火の気はなく、火の回りがあまりにも早かった。また、科捜研の鑑定により、漏電など電気系統のトラブルによる出火は否定された。そのため、本事件は放火の可能性が高いと見做されている。それでも、放火だと断定することはできておらず、失火を明確に否定する証拠も無い。あくまで"可能性"の範疇である。
1階正面出入り口付近は特に激しく燃えており、火元はこの付近だったと考えられる。1階にはストーブに使うための灯油約18リットルが保管されていて、放火であったとしたら犯人はこれを撒いて火をつけたとみられる。この灯油が使われなかったとしても、この灯油に引火したことで火災の規模が大きくなったのはまず間違いないところだ。
事件約1ヶ月前の10月14日には、店舗付近で古タイヤ4本が燃える不審火があり、店舗の壁面も延焼した。これもまた放火の可能性が高く、捜査本部は関連性を調査しているという。
【不審者と犯人像】
事件直前の午前2時半頃、店舗裏手の駐車場に黒いセダンタイプの車が停まり、男3人が車とマージャン店向かいの飲食店付近を行ったり来たりしているのを見たと近所の住人が証言している。通常は人の往来がない時間帯だけに不審に映る。
3時過ぎに店を出た最後の客によれば、その時に不審な様子は無かったらしい。放火であったとしたら、犯人はその後に侵入し、ごく短時間のうちに火を付けたということになろう。しかも、正面出入り口は0時で施錠されていて、侵入するとしたら勝手口しかない。そこから火元とみられる正面口までは暗闇の中を進んでいく必要があるため、店内を知った常連客でなければ犯行は難しいという見方もある。
だが、麻雀店の性質上、顔や苗字くらいは把握されても、プライベートはあまり話さないため、それ以上の身元が知れ渡ることはほとんどない。常連客にアタリをつけて犯人を追跡するのは不可能と言っていいだろう。
【防火設備】
「金ちゃん」は10月の不審火を受けて、消火器を1階に1本、2階に2本設置していた。また、停電時に備えて懐中電灯も置いていた。しかし、2階から脱出するためのハシゴは無かった。2001年歌舞伎町ビル火災(後述)で火災報知器の設置義務対象が拡大されたが、本店は店舗面積が小さいため対象外であった。また、スプリンクラーの設置義務もなかった。
本事件のような大規模な火災の場合、ほとんどのケースで停電が起こる。逃げ遅れた客は暗闇の中で逃げる経路が分からなかったとみられ、せめて避難誘導灯や非常照明があったら被害を減らせたかもしれない。
被害者Aの遺族は、店の防火設備に不備があったとして、マージャン店店長を相手取り、慰謝料など約5200万円の支払いを求めて提訴している。どのような判決が下されたかは不明。
【現場】
事件の数ヶ月後に更地となり、現在は住宅地の一部となっている。
【他の事件】
歌舞伎町ビル火災(2001年)
44人が死亡した戦後最悪級の火災事件。放火の可能性が高いとされるが、ハッキリと断定はされていない。火元は3階麻雀店前の階段踊り場で、もしも麻雀店が狙われていたとすれば本事件と近いものがある。
【出典】
朝日新聞2009年11月17日「マージャン店火災、4人死亡 浜松、放火の疑いも」
毎日新聞2009年11月17日「火災:マージャン店で未明に出火 4人死亡、3人けが 放火の疑いーー浜松」
毎日新聞2009年11月17日「浜松・マージャン店火災:1階から扉閉まる音、直後出火 煙、停電でパニック」
読売新聞2009年11月17日「マージャン店全焼 4人死亡 放火か、先月も不審火/浜松」
読売新聞2009年11月17日「マージャン店火災 熱風、飛び降り脱出 暗闇の中「死ぬ思い」
朝日新聞2009年11月18日「放火の疑いで捜査本部設置 浜松のマージャン店火災」
朝日新聞2009年11月18日「窓手探り、脱出 生存者 炎と闇、客ら襲う 浜松マージャン店火災で7人死傷」
毎日新聞2009年11月18日「浜松・マージャン店火災:県警、放火容疑で捜査「直前まで火の気なし」」
読売新聞2009年11月18日「マージャン店火災 不審者情報を捜査 3人の男目撃も/静岡・浜松中央署」
読売新聞2009年11月18日「マージャン店火災を放火で捜査 灯油缶に引火か 4人死亡/静岡県警」
読売新聞2009年11月18日「マージャン店火災4人死亡 逃げ道2階の窓だけ=静岡」
朝日新聞2009年11月19日「最後の客、帰宅直後か 男3人、不審な目撃情報も 浜松のマージャン店、出火」
毎日新聞2009年11月19日「浜松・マージャン店火災:直前に男性客、外に 捜査本部、出入り客から話聞く」
読売新聞2009年11月19日「浜松マージャン店火災 「帰る時、異常に気づかず」最後の客話す=静岡」
朝日新聞2009年11月20日「浜松のマージャン店、玄関付近の燃え方激しく 店内で死亡、残る1人も焼死」
朝日新聞2009年11月24日「有力な不審者情報なく 犯人、店内熟知か 浜松マージャン店火災から1週間」
毎日新聞2009年11月24日「浜松・マージャン店火災:きょう1週間 トラブル中心に捜査 放火の可能性」
読売新聞2009年11月24日「マージャン店火災1週間 焼死3人、同じテーブル 野球帽の男、目撃情報」
朝日新聞2009年11月28日「困難極めた身元確認 焼死の3人、独居・親族と離れ 浜松のマージャン店火災」
毎日新聞2009年12月10日「浜松・マージャン店火災:「放火」見方強め 県警鑑定、電気トラブルなく」
朝日新聞2009年12月18日「情報少なく難航 浜松のマージャン店火災1カ月、関係100人聴取」
読売新聞2010年5月17日「マージャン店火災半年 有力情報なく難航 捜査本部 放火断定決めてなし」
朝日新聞2010年5月18日「マージャン店「放火」半年、有力証拠ないまま 情報提供5件のみ 浜松」
朝日新聞2010年5月19日「男性客遺族が提訴、慰謝料など求め 浜松のマージャン店火災」
読売新聞2010年5月19日「マージャン店火災 遺族が元店長提訴=静岡」
読売新聞2019年11月16日「浜松マージャン店火災10年 解決糸口 いまだ見えず=静岡」